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六代目尾上菊五郎

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/12/12 10:13 投稿番号: [162 / 178]
「飛行機を使わずに、八十日で世界を一周して見せるという、パリのある大新聞相手の諸旅行の途次、一九三八年五月一六日、ジャン・コクトーは神戸に上陸、京都、横浜に小休止の後、東京に来た。彼の東京滞在の五日の間、僕は帝国ホテルに同宿、専ら案内役をつとめた。

神戸の波止場でコクトーは、石蹴り遊びの輪をチョークで歩道に描いている小娘を見て、「北斎の花押にも劣らぬ完全な円周にそれがなっているのには驚いた。できればその円をそのままパリへ土産に持参したい」と、その新聞に送った記事に書いている。(中略)

滞京の四日目、アメリカに出発する前夜、コクトーはNHKから「日本への挨拶」を、ラジオに託したが、その中で、「私は一昨夜、歌舞伎座で、『鏡獅子』を見物しましたが、あなた方の名優六代目菊五郎、あれは神職です。出囃子の音曲と、彼の曲麗な所作が作り出す神々しい礼拝のあの気持ちは、西洋で神秘劇と呼んでいるあの宗教劇などとは、似ても似つかぬもの、菊五郎の所作は舞台の上の宗教神事の高さだと私は申し上げます、長いくせに退屈の全然感じられないあの舞踊、あの見事さを、私は一生忘れ得まいと思います」云々。

コクトーは忘れなかった。十年後に彼が製作しルイ・デリュック賞まで受けた映画の傑作『美女と野獣』の構想は、あのとき歌舞伎座で、旅の行きずりに見ていった『鏡獅子』に、その発想を得たものだと、後に種明かしをしている」
堀口大学   『秋黄昏』小澤書店   1982

「上手の襖が開き、観衆の喝采とともに菊五郎が登場する。彼は若い娘の役に扮している。侍や女官たちが嫌がる彼を舞台の中央へと押しやる。彼は臆病さに駆り立てられる。舞台袖へと彼が人々を引きずっていくと、皆はもう一度彼を押し出し、踊るようにと懇願する。『彼』か、あるいは『彼女』か?やはり『彼女』というべきであろう。でっぷりとしてやや重たげなこの五十男には、優美な娘以外の何ものも残っていないのである。(中略)

長くはあっても冗長ではないこの舞踊だけでも私たちの旅の価値はあった。これを見るだけのためででも、私はこの旅を試みたであろう』

ジャン・コクトー   『コクトー、1936年の日本を歩く』中央公論社   2004

フランスの詩人・劇作家・小説家。後に映画監督や画家としても名を馳せた。
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