徳川家康
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/17 16:30 投稿番号: [144 / 178]
「皇帝(家康)の衣服は青色の光沢ある織物に銀を以て多数の星及び月を縫い出したるものにして、腰に剣を帯し、頭には帽子または他の冠ものなく、髪を組みて色紐を以て結びあり。
彼は六十歳中背の老人にして、尊敬すべく愉快なる容貌を有し、太子(秀忠)のごとく色黒からず、また彼より肥満せり。
予は案内の書記官とともに進み、通常王宮において我らの君なる王(ドン・フェペ国王)に対して行う敬礼をなし、あらかじめ予に対し、握手を求め、また手に接吻すべからずと注意ありたれば、予が為に置かれたる椅子に接して起立せり、予は椅子に達するとともに最敬礼をなせしが、彼はこれまで要望を変ぜらりしが、少しく頭を下げ、予に対して大いに好意を示して微笑、手を挙げて着座の合図をなせり。予はまた甚だ低き敬礼をなし、起立しいたるに、彼は再び勧めたれば座に着けり。
彼は次に帽子をかぶることを予に命じ、而してケレド(祈祷文)三唱の時間沈黙したる後、彼はその傍に在りし書記官二人を招き、予が来着を喜べる旨を伝え、また労苦および不幸のため痛心するは止むを得ずといえども、その国に来たりしが故に楽しみまた心を励ますべし、我君ドン・フェリペ王の予が為になすべきはことごとく之をなし、さらに大なることをなすべしと伝えせしめたり。
予はその言を聞き、またこれに答えるにつき起立脱帽せんとせしが、彼はこれを許さざりき。予は大なる恩遇を与えたる殿下の手に接吻し、このごとく大なる国君の前に出ずることは、予は経歴した所よりもさらに大なる艱苦より恢復せしむる力あり、予はその宮廷に来たり、予が主の宮廷に劣らざる恩遇を受けて恢復に向かい、大なる満足を感ずと述べたり。
しばらくして彼は再び予に対い、熟慮の上、予が給養その他のために要する一切の品を書記官などに通知すべし、望むものは必ずこれを与うべしと言えり」
ドン・ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・ベラスコ 『ドン・ロドリゴ日本見聞録・ビスカイノ金銀島探検報告』
イスパニアの植民地長官。1609年4月暴風で房総半島に漂着。日本各地を歴訪。家康に日本・メキシコ間貿易のあっせんを依頼され、翌年8月に帰国。
彼は六十歳中背の老人にして、尊敬すべく愉快なる容貌を有し、太子(秀忠)のごとく色黒からず、また彼より肥満せり。
予は案内の書記官とともに進み、通常王宮において我らの君なる王(ドン・フェペ国王)に対して行う敬礼をなし、あらかじめ予に対し、握手を求め、また手に接吻すべからずと注意ありたれば、予が為に置かれたる椅子に接して起立せり、予は椅子に達するとともに最敬礼をなせしが、彼はこれまで要望を変ぜらりしが、少しく頭を下げ、予に対して大いに好意を示して微笑、手を挙げて着座の合図をなせり。予はまた甚だ低き敬礼をなし、起立しいたるに、彼は再び勧めたれば座に着けり。
彼は次に帽子をかぶることを予に命じ、而してケレド(祈祷文)三唱の時間沈黙したる後、彼はその傍に在りし書記官二人を招き、予が来着を喜べる旨を伝え、また労苦および不幸のため痛心するは止むを得ずといえども、その国に来たりしが故に楽しみまた心を励ますべし、我君ドン・フェリペ王の予が為になすべきはことごとく之をなし、さらに大なることをなすべしと伝えせしめたり。
予はその言を聞き、またこれに答えるにつき起立脱帽せんとせしが、彼はこれを許さざりき。予は大なる恩遇を与えたる殿下の手に接吻し、このごとく大なる国君の前に出ずることは、予は経歴した所よりもさらに大なる艱苦より恢復せしむる力あり、予はその宮廷に来たり、予が主の宮廷に劣らざる恩遇を受けて恢復に向かい、大なる満足を感ずと述べたり。
しばらくして彼は再び予に対い、熟慮の上、予が給養その他のために要する一切の品を書記官などに通知すべし、望むものは必ずこれを与うべしと言えり」
ドン・ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・ベラスコ 『ドン・ロドリゴ日本見聞録・ビスカイノ金銀島探検報告』
イスパニアの植民地長官。1609年4月暴風で房総半島に漂着。日本各地を歴訪。家康に日本・メキシコ間貿易のあっせんを依頼され、翌年8月に帰国。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/309qbfma4ac8aba4bfffckdcbfm_1/144.html