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織田信長

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/10/03 09:03 投稿番号: [139 / 178]
この項からは各時代の日本人に会った外国人が、その印象を記し残したものを紹介する。

織田信長
「信長は尾張の国の三分の一の主君なる殿(秀忠)の第二子であった。彼は天下を統治し始めた時には三十七歳ぐらいであったろう。中ぐらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は少なくはなはだ声は快調で、極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義において厳格であった。彼は自らに加えられた侮辱に対しては懲罰せずにおかなかった。いくつかのことには人情味と慈愛を示した。彼の睡眠時間は短く早朝に起床した。貪欲でなく、甚だ決断を秘め、戦術にきわめて老練で、非常に性急であり、激昂はするが、平素はそうでもなかった。
彼はわずかしか、またはほとんどまったく家臣の忠言に従わず、一同から極めて畏敬されていた。酒を飲まず、食を節し、人の取り扱いにはきわめて率直で、自らの見解に尊大であった。彼は日本のすべての王侯を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話をした。そして人々は彼に絶対君主に対するように服従した。

彼は戦雲が己に背いても心気広闊、忍耐強かった。彼はよき理性と明晰な判断力を有し、神および仏の一切の礼拝、尊祟、並びにあらゆる異教的占トや迷信的慣習の軽蔑者であった。形だけは当初法華宗に属しているような態度を示したが、顕位に就いて後は尊大にすべての偶像を見下げ、若干の点、禅宗の見解に従い、霊魂の不滅、来世の賞罰などはないと見なした。

彼は自邸においてきわめて清潔であり、自己のあらゆることをすこぶる丹念に仕上げ、対談の際、遷延することや、だらだらした前置きを嫌い、ごく卑賎の家来とも親しく話をした。
彼が格別愛好したのは著名な茶の湯の器、良馬、刀剣、鷹狩りであり、目前で身分の高いものも低い者も裸体で相撲を取らせることをはなはだ好んだ。
また、何びとも武器を携えて彼の前にまかり出ることを許さなかった。

彼は少しく憂鬱な面影を有し、困難な企てに着手するに当たってははなはだ大胆不敵で、万事において人々は彼に服従した』

ルイス・フロイス「完訳フロイス日本史」中央公論社2000年

ポルトガルのイエズス会宣教師。伝道のため一五六三(永禄六)年来日。日本副管区長から「日本史」の編述を命じられる。秀吉の伴天連追放令の後マカオに退去したが再び来日し、長崎で没。三五年間布教し、信長との会見は一八回に及んだ。
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