米国同時テロ
投稿者: nankin_daigyakusatsu 投稿日時: 2007/03/17 23:20 投稿番号: [2331 / 7739]
アメリカで同時多発テロが起き、真珠湾攻撃以上の惨事となった(「米テロ死者数千人」読売新聞夕刊2001.9.12)。一般の方々もそれを救うおうとした勇気ある消防士達も沢山犠牲となってしまわれた。心よりご冥福を。そしてこのようなことがまた起こらないように、平和を祈るばかりである。今回の同時多発テロから太平洋戦争のカミカゼ特攻を想起した。米国でもパールハーバー以来、という表現が用いられている。
米国は他国の建物は平気で壊すし、色々な国で民間人を虐殺している。ベトナムでの虐殺、枯葉剤の散布、湾岸戦争やコソボ紛争の確信犯的な誤爆、イランの旅客機をミサイルの誤射で落としたこともあった。それに比べればあのテロはかわいいものである。「これは民主主義の危機である」「自由が侵されつつある」と言うアメリカの主張は、ただ単に他国を味方につけようとしてるだけである。「これはアメリカの立場の危機である」「アメリカの立場が侵されつつある」と言いかえるとその主張がわかりやすくなる。
自由などとは無関係に、抑圧され不満のある人達がアメリカに対して攻撃しただけである。なぜ攻撃したのか。なぜ攻撃されたのか。なぜこの事件に狂喜乱舞する人がいるのか。人は自分が大切にしている事や誇りに思ってることを他人に踏みにじられたりすると屈辱を味わって怒ったり悲しんだりする。立場や思想が違えば事件に対する思いも違うのは当然である。歴史家のハワード・ジンは「いま私たちが目の当たりにしている恐ろしい死や苦しみの光景が、しばしば米国の政策の結果として他の国々で長期にわたって続いてきたことを、米国人は創造する必要がある」と語る(坂口明「消えた摩天楼の下に数千の命」赤旗2001.9.16)。
あのテロはCIAが危機管理に対する意識を盛り上げるために、軍事予算増大への世論の支持を取り付けるために、わざとイスラム過激派を泳がせた末の、予想以上の暴走だったような気がする。簡単に車の中から飛行機操縦マニュアルが見つかるのが怪しい。冷戦が終わって存在意義を問われつつある組織だからということもある。もしそうであるとしたら、効果はあった。前代未聞の厳戒態勢がしかれ、タカ派のブッシュ大統領が声高に報復を叫ぶ。
今後、アラブ系人民が、特に公共交通機関への乗車・搭乗において差別されたり、差別的な目で見られたりすることがあるかもしれない。そのような偏見や差別をお互いにもたせて民族・国家間の対立を煽ることも、テロの目的(効果)の一つと思うので、そういった偏見や差別意識をもたないように努めることが、今回のテロの目的をくじくことにつながるだろう。
私はこのような時は好きな音楽聴いてても、事件と関係ない話をしててもどうしても、人について、命について考えてしまって、全ての物事を事件とオーバーラップさせてしまう。焼け野原かに経済大国にするような前に進むことしかできない馬鹿な世代ならばそういうこともないだろうが。日常生活が事件に縛られて、これは加害者の思惑通りと思うと余計腹が立ってしまう。
今回の事件は大勢の人間が驚いただろう。しかし大半の人達は悲しんだりはしない。身内や知人が被害に巻き込まれていないからである。他人事なのである。どこかで飛行機が落ちて、ニュースキャスターは嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした。いませんでした…」と繰り返しているという内容の曲があった(The Yellow Monkey「ジャム」)。心配なのは経済に与える影響、今後の物価や給与の額である。実行犯に対して以上に憤りを覚えるが、正直なところ米国に抑圧されている訳でもないのに今回の事件でワクワクしている人は大勢いるだろう。
米国同時テロ「事件は、民間人に対する無差別攻撃という点では、アメリカの原爆攻撃と二重写しになった、許すべからざる凶悪なテロ事件であったと思います。一方でこのことは、グローバリゼーションとか、国際協調というけれど、この狭い地球上の異なった歴史・文化・宗教をもった民族や国家が強調していくこの難しさを思い知らしめた1つの例となりました。それぞれの異なった国家、民族に対する深い理解を前提とした対応が必要であることを示していると言えます」(財界2001.10(亀井静香))。
米国は他国の建物は平気で壊すし、色々な国で民間人を虐殺している。ベトナムでの虐殺、枯葉剤の散布、湾岸戦争やコソボ紛争の確信犯的な誤爆、イランの旅客機をミサイルの誤射で落としたこともあった。それに比べればあのテロはかわいいものである。「これは民主主義の危機である」「自由が侵されつつある」と言うアメリカの主張は、ただ単に他国を味方につけようとしてるだけである。「これはアメリカの立場の危機である」「アメリカの立場が侵されつつある」と言いかえるとその主張がわかりやすくなる。
自由などとは無関係に、抑圧され不満のある人達がアメリカに対して攻撃しただけである。なぜ攻撃したのか。なぜ攻撃されたのか。なぜこの事件に狂喜乱舞する人がいるのか。人は自分が大切にしている事や誇りに思ってることを他人に踏みにじられたりすると屈辱を味わって怒ったり悲しんだりする。立場や思想が違えば事件に対する思いも違うのは当然である。歴史家のハワード・ジンは「いま私たちが目の当たりにしている恐ろしい死や苦しみの光景が、しばしば米国の政策の結果として他の国々で長期にわたって続いてきたことを、米国人は創造する必要がある」と語る(坂口明「消えた摩天楼の下に数千の命」赤旗2001.9.16)。
あのテロはCIAが危機管理に対する意識を盛り上げるために、軍事予算増大への世論の支持を取り付けるために、わざとイスラム過激派を泳がせた末の、予想以上の暴走だったような気がする。簡単に車の中から飛行機操縦マニュアルが見つかるのが怪しい。冷戦が終わって存在意義を問われつつある組織だからということもある。もしそうであるとしたら、効果はあった。前代未聞の厳戒態勢がしかれ、タカ派のブッシュ大統領が声高に報復を叫ぶ。
今後、アラブ系人民が、特に公共交通機関への乗車・搭乗において差別されたり、差別的な目で見られたりすることがあるかもしれない。そのような偏見や差別をお互いにもたせて民族・国家間の対立を煽ることも、テロの目的(効果)の一つと思うので、そういった偏見や差別意識をもたないように努めることが、今回のテロの目的をくじくことにつながるだろう。
私はこのような時は好きな音楽聴いてても、事件と関係ない話をしててもどうしても、人について、命について考えてしまって、全ての物事を事件とオーバーラップさせてしまう。焼け野原かに経済大国にするような前に進むことしかできない馬鹿な世代ならばそういうこともないだろうが。日常生活が事件に縛られて、これは加害者の思惑通りと思うと余計腹が立ってしまう。
今回の事件は大勢の人間が驚いただろう。しかし大半の人達は悲しんだりはしない。身内や知人が被害に巻き込まれていないからである。他人事なのである。どこかで飛行機が落ちて、ニュースキャスターは嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした。いませんでした…」と繰り返しているという内容の曲があった(The Yellow Monkey「ジャム」)。心配なのは経済に与える影響、今後の物価や給与の額である。実行犯に対して以上に憤りを覚えるが、正直なところ米国に抑圧されている訳でもないのに今回の事件でワクワクしている人は大勢いるだろう。
米国同時テロ「事件は、民間人に対する無差別攻撃という点では、アメリカの原爆攻撃と二重写しになった、許すべからざる凶悪なテロ事件であったと思います。一方でこのことは、グローバリゼーションとか、国際協調というけれど、この狭い地球上の異なった歴史・文化・宗教をもった民族や国家が強調していくこの難しさを思い知らしめた1つの例となりました。それぞれの異なった国家、民族に対する深い理解を前提とした対応が必要であることを示していると言えます」(財界2001.10(亀井静香))。
これは メッセージ 2330 (redpurge18000 さん)への返信です.