日本から見た正しい歴史認識
投稿者: mirai1905 投稿日時: 2005/04/18 14:46 投稿番号: [9938 / 95793]
戦国時代、一向一揆という宗教を背景とした反乱に当時の武士はひどい目にあった。
江戸初期島原の乱という宗教を背景とした反乱を契機に鎖国政策をとった。
長崎という限られた場所から、限られた情報しかはいらない、しかも正確性には疑問符が付いていたと思う
江戸末期アヘン戦争、アロー号事件といったことを経て隣国清に、諸外国が拠点を確保
ペリー来航、ロシア船の来航により開国圧力を受ける。
薩摩、長州が攘夷論により外国船を砲撃、国力の差を見せつけられる
不平等条約の締結を押しつけられ植民地化の危機を実感。
朝鮮王朝と同盟関係を結ぼうとするも清王朝の圧力により挫折
日清戦争にいたり勝利、下関条約により、大連をはじめとする地を領有。
三国干渉により清王朝に返還。
干渉した三国のうちのロシアが南下旅順港及び旅順郊外に拠点確保。
日露戦争につながる、苦労の末勝利、203高地は幾度となく映画化されているのでご存じでしょうが。
その翌年日韓併合。
欧米列強による中国支配が強まる。
当時拠点を構えていた満州国樹立を契機に欧米諸国との軋轢が発生。
軍縮交渉における日本に対する不平等な扱いに対し抗議し日本、国際連盟脱退。
日米開戦の機運高まる、日本の対米交渉が奏功し、日米間に和解の機運高まる
当時の中国政府は、この機会を逃すと列強からの完全自立の道が閉ざされると米国議会にロビー活動、功を奏しハルノートへつながり日米開戦。
この後については皆さんご存じの通り
当時の世界常識からいえば、総ての国を責めるめることはできないと思う
このことが近隣諸国にとっていい迷惑だったことは否めないだろう、だからこそ戦後日本は、近隣諸国に経済援助、技術援助をして、ともに豊かな国へと進む道を模索し続けてきたはずである。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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