重慶市の出来事は危険な兆候であった
投稿者: mr_chinii 投稿日時: 2012/03/18 16:42 投稿番号: [95019 / 95793]
重慶市は北海道よりも広い面積を有し、ここに3000万弱の人々が暮らしている。解任された重慶書記は太子党の駿馬であったようだ。中央執権要人メンバーに入るには何としてでも実績を残さねばならぬと思い込んでいたらしい。その格好の材料が民心の反感をかっていた暴力団壊滅と腐敗撲滅であった。ここで彼が採った手法は文化大革命の手法に酷似している。違うといえば、文化大革命の閉鎖性に対し、大々的に近代化を図る産業等の促進に重点を置いたことだ。この点、彼が革命歌を大々的に掲げても文化大革命の主導者らのような陰湿さはない。人民には貧困層を大事にする近代的な開放感に溢れた俊才と写る。だから、重慶市民の圧倒的な支持を受けた。
問題は、先を急ぎすぎたのか手法があまりにも強引であり自身の役に立つ人材ばかりをえこひいきし、自身への批判は有無を言わさず圧殺したことにある。彼が中央の常務委員に選出されていたなら、恐らく中国を率いる独裁者になり得たかも知れん。独裁者は得てして独裁の迷路にはまりやすい。近年では、ヒトラーがそうであり、スターリンがそうであった。
私の知り合いが、有頂天の絶頂にあった彼に重慶で会っている。確か一昨年であった。なかなかの好人物であったという。日本企業を重慶に誘致しようとの企画イベントであったらしい。
胡・温は、よくぞその危険な芽をついだな。
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