日本の心 - 初詣に護国神社へ
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2012/01/03 16:59 投稿番号: [94519 / 95793]
爺にやっと時間が出来たので、初詣に爺と二人で行ってまいりました。靖国神社ではなく、近くの護国神社に行ってまいりました。小さな神社ですけど、参拝者とっても少ないんですけど、境内はきちんと清掃されていて、白衣の巫女さんもいらしっやて、冬の木々では野鳥さんたちが私と爺を見ておりました。女性の和服姿は、私ともう一人の方だけ。少なくなりましたわね^^;
韓国や中国の方は、日帝がどうのこうの、靖国神社は日帝の悪の根源だとか、天皇は戦争犯罪人だとか、神道は皇民化を謀る道具にすぎないとか、日本の神道や神社をことごとく非難しておりますけど、どういう認識なのかしらね?
日本の神社は神々を祀ります。人にかぎらず、人や動物だけではなく、大自然のありとあらゆる事象を祀ります。
爺と私がお参りした護国神社の御神体は、鏡でした。それも極々質素な鏡が一枚置いてありました。鏡は鑑と発音が一緒ですし、意味も一緒です。その鑑に写る私はどんな顔なの?
どんな心なの?
そう鑑は私に問いかけているように思ったのです。そしてハッとしたら、私から今まで心の中で葛藤していた一切の柵がさあーと消えてしまいました。そして思いました。これは「宗教とか、信心なんかじゃない!」って。自分自身が謙虚になれる場所だって、そう思いました。「ふだんお化粧する鏡ではない!」と思ったのです。いえ、そう思わせられたということ。爺でも、拓でも、わが子でも、誰からでもなく、あのたった1枚の鏡に面と向かった時に思い知らされたのです。
不思議よね。神道が有史以来から日本人の心に与えてきた何かが少し分かった気がいたしました。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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