Re: いつまでも
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2011/11/16 02:08 投稿番号: [94201 / 95793]
母は、四書五経を学んだ人は偉い、と、主に日本人のことを言っていました。
中国人でも上のほうの人は偉い、と。
母は新平民と朝鮮人は同じランクだとみていたようです。
朝鮮の人は日本本土に出稼ぎに来ていて、農村にも優秀な若者が来てよく働いた、勤勉だとほめていました。日本の生活ルールに沿うように努力していたみたいです。家屋や言葉は朝鮮から呼び寄せた妻子に家庭を守らせるのでそれなりで、学校に行き始めた子どもたちが母親に通訳して暮らしていたそうです。
終戦で引き上げていくときには感謝してくれて相互に残念だったとか。
父は北支にいて現地応召で行軍したことで、おおむね中国を知っていて、その民衆の純朴さ親切さをたたえていました。風呂にはいらない、盗む、水は毒性があってぼうふらのいる水しか飲めない、といった日本では考えられないこともあったようです。
盗賊は殺すし犯すし粗野そのものだったと。
犯すな、盗むな、殺すな、という軍律を守り、中国人にもそのルールを理解されるように規律ある行軍だったようです。
炭鉱で働いていましたが、中国人経営の同業者は鉱夫が熱を出しても休暇を与えず死ぬまで出勤させる、わが社は働いただけ給料を出す、その違いで人気が高かった、と。
日本人のような勤勉さはなかった、そういう体制ではないからだろう、とも。まだ纏足の婦人が残っている時代でした。進学する若者は一族から出資を受けて勉学に励み出世して一族を養うという体制だったそうです。今でも英才教育体制なのかな。家族一族を愛する心があるので日本人に対しても親切だったとか。恩義を知っている民族です。
政治体制に問題があるのでしょうね。たぶん。
これは メッセージ 94194 (kubotakaaki2005 さん)への返信です.
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