中国の反日デモ

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

中国「反日デモ」と日本「愛国心教育」

投稿者: virtualpnyx 投稿日時: 2005/04/18 05:04 投稿番号: [8855 / 95793]
  「デモ」か「暴動」か、という議論を、ここでするつもりはありません。今回の中国人による「反日デモ」の映像を自宅のテレビジョンで眺めていると、あの「ロサンゼルス暴動」のさまを思い出すのは、きっとぼくだけではないでしょう。確かに、これを今回の中国における「デモ」、乃至は「騒擾」、「暴動」と、パラレルに論じ得ない面はあります。ただ、あのときの黒人たちに如何なる真っ当な理由、大儀があろうと、あれは、「デモ」というより、やはり「暴動」でした。今回の中国人による反日「デモ」の模様を、いまロサンゼルスに暮らすコリアンたちは、どのような思いで見詰めているのでしょうか。「暴動」が、「デモ」の一種であるとかないとか、またそこに含まれるものだとかないとか、などという詮索より、今回の中国人による「反日」行動が、そう主張しているとされる行動が、かつて日本に侵略された国々の、いまそこに日々を暮らす人々を魅了し、感動させ、そして彼ら、彼女らをして、自ら「反日」、「抗日」、あるいは、それらにとどまらない、もっと根本的な動きに立ち上がらせるほどの倫理、論理を備え得ているか否か、について考えることは、中国人のみならず、いま日本人にとっても必要な事柄であるように思われます。ロサンゼルスのコリアンたちと同様、被侵略国に生きる彼ら、彼女らの目に、中国人たちの姿は、いま、どのようなものとして映っているのでしょうか。同じ被侵略国の人間どうし、立ち上がってともに動きだし、動いて行ける相手としてでしょうか。それとも、もはや自分たちとは違ってしまった、危険で狂暴なモッズとしてでしょうか。日本製品の不買、のみならず事実上、それらの不使用、廃棄をすら「デモ」のなかで叫びながら、自身は日本製品に囲まれて生活しているという矛盾ばかりでなく、日本による侵略(は、何も過去ばかりを指しているのではないでしょう。現在、未来にまで自分たちを苦しめるものとしてあるのが、たとえば「靖国」、「教科書」などによって表現される日本人の無反省、無関心です。)という暴力に抗議、これを糾弾すべしとしながら、自らは、「日本はもっと酷いことをした。」とばかりに、暴徒へと転ずるを正義とする矛盾。そうした矛盾の内奥には、日本人の想像を越えた思い、悩み、葛藤があるかもしれません。いいえ、日本人とて、そうした苦しみ、悲しみを、知らないはずはないのです。先に記した根本的な動きとは、しかし、たとえそうであるとしても、暴力では何事も解決しない。先に記した根本的な動きとは、これを原理に据えた動きのことを言います。
  翻って、「愛国心教育」というものが、一体何をもたらすのか、もう、結果は既に見えているように思います。中国のことではありません。いま、中国を嘲笑、罵倒している一部の人々を紛れもなく含むところの、われわれ日本人のことです。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)