中国の反日デモ

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情報音痴の日本人の悲喜交々

投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2009/02/09 12:58 投稿番号: [86590 / 95793]
>100年に一度の不景気なんだってねぇ〜格差社会よ!なんて、ご自分達の生活防御した上でウワゴトの様におっしゃる時代<

100年に一度の不景気
格差社会
生活防御

もう時代の流行りキーワードの羅列って飼いならされた空気の条件反射そのものの愚かな土民です。

この単一民族って思考形態の同一性が、日本を国民全員が極端に素晴らしいものを作ったり、極端に酷い凶暴に成ったりって、日本の豹変の凄さは世界的に有名です。

日本を支配する空気が日本を動かせているのですね。

例えば、テレビを中心とした家電の戦後の急速な技術開発とテレビの普及は、帝国日本軍が電波兵器電子戦で負けたって、国民合意が空気としてあり、それで頑張って日本は世界最大の素晴らしい家電の全世界販売国家となったのです。

だけど現実は、戦前の日本のレーダーは世界最初に電波帯が1センチから10センチって超高性能マグネトロンってとんでもなく高性能なのを東北大学で昭和3年に発明し、海軍技術研究所でこのマイクロ波レーダーの開発を行っていました。この昭和3年には有名な八木アンテナの論文も発表されています。
実用されたのは昭和17年の5月にミッドウェー海戦の欺瞞工作作戦である北太平洋支援艦隊で、戦艦日向に搭載されていました。ミッドウェーでの哨戒機上レーダーと対空レーダー未装備の主力空母艦隊が機上レーダー装備の米急降下爆撃隊の猛攻で大敗したので、北太平洋支援艦隊は意義を失い、北太平洋支援艦隊(戦艦4隻、軽巡2隻、駆逐艦10隻)は、戦艦日向のマイクロ波レーダーで35キロって水平線までを詳細に監視出来たので、世界で最も厳しい海域で暗夜荒天って最悪の中を艦隊陣形を組みながら戦線離脱が出来たのです。

日本軍がアメリカ艦隊のレーダー射撃で日本の得意な夜戦に負けたのは、この対艦レーダーを搭載しない戦艦でした。昭和17年10月でした、ソロモン海でアメリカ軍のレーダ射撃専門家のリー提督の戦艦ワシントンはもっと大雑把なレーダーで味方の戦艦か日本の戦艦か島か陸地かがわからない状況で混戦となり、別の米戦艦が日本軍に光学探知されて集中攻撃を受けて大破した米戦艦が戦域から逃げたので、日本戦艦が発見されたのです。米軍のレーダーは日本戦艦に6キロほどまで近づいてやっと敵味方識別して、射程6キロで日本戦艦を水平射撃で破壊しました。
この時の日本戦艦に戦艦日向の対艦レーダーが装備されていると電波帯が一桁センチ波なので逆探知もされないで30キロ以上の距離から米戦艦艦隊を補足して効果的な砲撃戦が出来たでしょうね。

昭和19年末から顕在化しB29の猛攻対策ってのも、高度1万メートルを十分な射高にした150ミリ陸軍高射砲が無かった間に合わなかったって技術の遅れをよくもまあ指摘されますけど、日本海軍にはB29を撃墜する大砲があったのです。それも、昭和5年のロンドン軍縮から開発され昭和9年に完成した最上クラス巡洋艦の主砲でした。後に戦艦大和の副砲で15.5センチの60口径は、戦艦大和と武蔵には動力砲塔4基12門の対艦対空両用砲で、1方向に3砲塔9門が、射撃管制システムは、光学装置と方位射程版って高速歯車計算機で、その指令で4つの砲塔の大砲の方位と仰角と対空時限雷管の自動セットまでを半自動的に行い。高度一万メートルを余裕で超える高度1万8000メートルの最高射高があるので、B29の編隊の中に十秒以内に1回の割合で60キロの対空榴弾を9発づつ撃ち込めるのです。
最後にこの大砲は、呉軍港に配備されていました。射撃管制システムは、呉市内の司令部に作ったので、夜間爆撃を受けて市街と一緒に燃えて使いものにならなくなったのです。

戦艦の主砲発射の衝撃に耐えられるのは、電子計算機では無くて、歯車計算機です。21世紀に成った前後に無くなった最後の米軍戦艦でも最後まで主砲は歯車計算機を使っていました。
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