中国の反日デモ

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世界で最も卑猥な大統領 李承晩

投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2008/12/10 16:48 投稿番号: [86167 / 95793]
李承晩   イ・スンマン   1875〜1965   大韓民国の初代大統領。在任1948〜60年。李王家(→ 朝鮮王朝)の遠戚として黄海道に生まれ、1896年から独立協会運動に参加し、98年に投獄された。1904年に釈放されると渡米し、ワシントン、ハーバード両大学をへてプリンストン大学で哲学博士号を取得。日本による韓国併合後に帰国したが、12年にふたたびアメリカにわたり、以後欧米から独立支援をえるために外交宣伝活動を展開した。19年の三・一独立運動に際しては、上海の大韓民国臨時政府の大統領にえらばれたが、財政上の不正をうたがわれ、また独善的な行動が反発をよんで、25年に罷免された。

日本敗戦後の1945年に帰国すると、右派勢力をまとめて独立促成中央協議会を組織、南朝鮮単独の独立運動を展開した。48年にアメリカの支持をうけて大韓民国が成立すると、初代大統領に就任、反共と朝鮮半島の武力統一をかかげて独裁体制をしき、1948年に、南朝鮮の単独選挙に反対して南朝鮮労働党が組織した済州島四・三蜂起が発生してから、朝鮮戦争をはさんで50年代半ばまでの間に、弾圧とテロ活動、山岳ゲリラ活動がつづき、延べ8万人の島民が殺されている。
1950年6月25日早朝、朝鮮人民軍は38度線を突破して南部への進撃を開始した。李承晩政権の朝鮮武力統一を未然に防止し、「南半部」を解放する、というのがその理由だった。同日、国連安全保障理事会は、中国の代表権をめぐって会議への出席をボイコットしていたソ連の代表が不在のまま、北朝鮮非難決議を採択、27日には国連加盟諸国に対し韓国への軍事支援を勧告した。その背後には、米大統領トルーマンの国連への積極的働きかけがあった。

朝鮮戦争は、間抜けな李承晩はに対して1950年6月25日早朝、朝鮮人民軍は38度線を突破して南部への進撃を開始した。突然の奇襲を受けて朝鮮人民軍はその間にも進撃をつづけ、1950年6月28日には韓国の首都ソウルを陥落させた。一方、在日米軍は7月1日、釜山に上陸して北上を開始し、沖縄駐留のB-29が北朝鮮爆撃を開始した。また、6月27日には第七艦隊が台湾海峡に展開した。7月7日、国連は国連軍総司令部の設置を決定、東京の連合国軍最高司令官マッカーサーを国連軍総司令官に任命し、米軍を中心に16カ国からなる国連軍が編成された。

朝鮮戦争後は永久独裁制の確立をはかった。51年から開始された日韓会談にも強硬姿勢でのぞみ、「李承晩ライン」を設定して近海からGHQに占領中の足元も見て日本を意地汚く苛め日本漁船をしめだした。竹島を侵略した。

大統領職に執着して、再選されるようにたびたび憲法を改定、反対派には徹底した弾圧をくわえた。しかし独裁と腐敗に対する国民の反発が強まり、4選された1960年の大統領選挙の不正にいかった学生が決起、このいわゆる四月革命で失脚して財政上の莫大な不正金を持ってハワイへ亡命、帰国しないまま65年に病没した。
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