★ 復讐についての論
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2007/09/05 09:20 投稿番号: [83455 / 95793]
両国橋辺りで敵討ちがありました。勇士だ孝子だと人々は褒めました。
二宮尊徳はいいました、復讐を尊ぶのはまだ道理を極めてはいません。
徳川家康も敵国に生まれたので父祖の仇を打つことばかりを願っていました。
それが酉誉(ゆうよ)上人の説法を聞くと、復讐の志は小さい考えで良いこと
がなく人道に反するという理論でした。国を治め万民を平安にする道が天然自
然の正しい道理であり、大きい道であるとのことでした。
徳川家康ははじめてこの理論に感銘し、復讐の念を捨てて国を平和にして民を
救うことに力を尽されました。これによって天下泰平が実現し万民は塗炭の苦
しみを免れました。
この道徳は家康だけに限られることではありません。凡人でも同じです。こち
らから敵を討てば向こうからもまたこの恨みを晴らそうとするのに決まってい
ます。そうなると怨念が解けなくなってしまいます。互いに復讐復讐とただ恨
みを重ねるばかりです。
これが即ち仏教でいう輪廻で、永久に修羅道(阿修羅のすむ争いの絶えない世
界)におちて人道を踏むことができません。愚かしい、悲しいことです。また
たまには返り討ちにあう人もあり、痛ましいことではありませんか。
これは道徳としては間違っています。ですから復讐は政府に懇願するべきです。
政府はまた草の根を分けてもこの悪人を探し出し刑罰を施すべきです。そうす
れば自分では「恨に報うのに直を以てする」という論語にある言葉に随って復
讐をとめ、家を修め立身出世に努力して親先祖の名を顕わし、世のためになり
人を救うという天の道理を勤めるのがもっとも良いのです。これが子としての
道徳、即ち人道です。世の風習は人の道ではありません、修羅道です。
天保の飢饉に相州大磯町の川崎某という人が乱民によって打ち毀しにあいまし
た。役所は、乱民を捕えて禁獄し、また川崎某をも3年禁獄しました。某は憤
怒に堪えず役所や民を恨み、この恨みに報いようと熱意を持ちました。わたし
は、これに教えて復讐は人道ではないという理論を説き、金持ちは貧者を救い
町中を安心させるのが天の道理であると教えました。
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