Re: 重たい体験 < ご丁寧にありがとう
投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/10/22 23:45 投稿番号: [79486 / 95793]
当時、儂はちと遅い思春期真っ盛りであったが、せつない片想いを抱えたまま戦場にかり出され、意中の人とは出征の挨拶の機会すらもなかった。これが何としても生き延びよう、生きて帰ってこよう、いわゆる生への執着となって、上層部の捨て駒のような命令、犬死にせよという作戦にはことごとく反発した。だから末端部隊に飛ばされた。こんな儂であったから、単なる青二才であった儂でも、年齢も経験も大先輩である海千山千の部下たちに気に入られたようである。誰でも命は無駄にしたくない。しかし、いざとなれば玉砕も覚悟した。あくまでも最後の最後、他に道がないときである。戦争末期には、武器にも弾薬にも食料にもこと欠く中、精神論ばかりが横行した。中でも、水と食料の欠乏はこたえた。インパール作戦が正にそうである。作戦自体は、チャンドラボーズとの連携で、インドを我が方につける遠大な作戦であり、本隊からは、かなりの兵がこの作戦にかり出されたが、結果、ジャングルの中を強行軍し、体力が消耗し、飲料水の確保と食料・弾薬の補給が途絶え、惨憺たる結果になったことは周知のとおりである。熱帯で身体を動かせば、すぐに喉が渇く。大部隊であればあるほど、飲料水が大量に必要となる。その辺の水を飲めば、現地人とは違って日本人には抵抗力がないから、すぐに下痢症状を起こし、脱水状態となる。これでは戦えん。
儂が体験した中で最も大変だったのは、米軍の艦砲射撃である。見えない敵からシュルシュルシュルと砲弾が雨あられのように飛んでくる。これは、実に生きた心地がしなかった。
マイク・コリンズは、一回りも年下の儂に不思議な友情を抱いたようである。おかげで例の少佐も、敵の下っ端の士官にしかすぎない儂の意見をことごとく尊重してくれた。しかし、彼も米軍の中では一介の少佐である。できることに限界があった。連合軍の一司令部の出来事である。
爺
これは メッセージ 79464 (zurjapan2010 さん)への返信です.
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