★ 誠の道と宗教宗旨
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2006/04/09 22:05 投稿番号: [73097 / 95793]
二宮尊徳は言いました。
世の中に真実誠の大道はただ一筋です。神道とか儒学とか仏教とかいいますね、
すべて大道に入るための入り口の名前です。あるいは天台宗とか真言宗とか法
華宗とか禅宗とかいうのも、同様に入り口の小路の名前です。
何教、何宗というようなものは、たとえばここに清水が湧いている、この水で
藍(あい)を溶いて染めるのを紺屋(こんや)と言い、この水で紫をといて染
めるのを紫屋というようなものです。その元は同じ清水です。紫屋では「わが
社の紫の魅力は世界一、染物には紫をおいて他にない」とほこり、紺屋では
「わが社の藍のもたらす効果は広大無辺、一度この色に漬けたら何でも紺色に
なります」というようなものです。
その結果染められた紺屋宗の人は自分の宗派以外にありがたいものはないと思
っているし、紫宗の人は自分の宗派より尊いものはないというのと同じです。
これらはすべて三界(欲界、色界、無色界に分けられるこの世のこと)をうろ
うろしていて出られない人たちです。
紫も藍も地面に流したときには紫や藍はみな土に濾されてまたもとのように本
質の清水に帰ります。そのように神儒仏をはじめ色んな宗教哲学は数えられな
いほどありますが、すべて大道の入り口の名前なのです。この入り口がいくつ
あろうと行き先は必ず一つの誠の道です。これを別々の道があると思うのは迷
いです。別々と教えるのは邪教です。
たとえば富士山に登るのに、ガイドによっては吉田から登ることもあるし須走
から登ることも須山から登ることもあるでしょうが、登って頂上は一つです。
このようでなければ本当の大道とはいえないでしょう。ところが誠の道に案内
するといって誠の道に行かず、役に立たない枝道に引き入れるのを、邪道とい
います。
誠の道に入ろうとして詐欺にかかって枝道に入ったり、自分で間違ったところ
にはまってしまったりする人が世の中には少なからずあります。慎重でありた
いものです。
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