時代にはその時代の感覚というもんが
投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/04/09 03:42 投稿番号: [73043 / 95793]
ある。中国も日本も戦国時代という歴史があった。戦場で手柄を立てれば一躍功労者となり、一目も二目もおかれ、概して出世が約束されておったし、歴史に名声を残した。時の君主や王はこれを利用し、自らの安泰を図ったものである。が、破れればそれまで。
二度にわたる大戦も、またその間の紛争も、人権や民主主義が現在の先進諸国ほど発達・円熟した感覚では、勝者も敗者も正当化できないことであろう。しかし、世の中が、世界がそのように激動していた時代であれば、弱肉強食が当たり前の時代であれば、いまさらくだぐだ言う中国も朝鮮も敗者の劣等感であるとしか言えない。これを現代の感覚で物言うことは、歴史に無知である輩のたわごとにしか聞こえないのは、私だけではなかろう。
戦争はよくない。これは今だから言えること。絶対的な物量を誇る、アジアを植民地としたこれら英米蘭と国家の存亡をかけて戦いそして散った英霊に対し、我々日本人のみならず、共に戦い散っていった東南アジア諸国の人々にどう顔向けする。当時は、人権や戦争反対を訴えても、どうしようもない世相であった。食うか食われるかの世相。彼らの死は無駄死にであったのか?
これを固く歴史の教訓として未来に生かすことが我々の役目であろう。弱者であった、ふぬけであった国が今更のように見苦しく補償とか賠償とか靖国とか称して見え見えに金銭を要求するのは、真に平和を願う輩ではない。よこしまな輩であり、単なる劣等感のはけ口。慰安婦問題にしても、これは当時の生活習慣であり、生きるための、いわば商売であった。中韓の今になってのこの主張は、実に見苦しいしかぎりであり、タカリにしかみえん。愚かな連中よ。
遠く過ぎ去った過去のいまわしいできごとすべてに賠償とか、反省とか称して、後世人がその子孫に対してイチャモンつける資格はなかろう。このような歴史を鑑としてよりよい世界の構築にむけて努力する、これが大切ではなかろうか。
お休み。
○爺
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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