Re: 久保さんとwearyさん
投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2006/04/08 19:21 投稿番号: [73019 / 95793]
わたしの父母は、情報を墓まで持って行く様なエスピオナージ系もやっていたので、永い一緒の生活で私はプロファイリングを学びました。
父が見たのは、金で出来た熱によるウランガスの分離塔なのです。濃縮ウランを仁科研究所では理研の資金で行っていたのです。
ウランは燃えるウランと燃えないウランは重さが違うのでウランガスにして分離塔に入れると上は軽いウランガスで下は重いウランガスって分離が理論上出来るのですが、結局使い物には成らなかった様です。
ウランの濃縮は遠心分離機と、アメリカは戦時中はウランガスを濾過を繰り返して小さなウランって使い物に成るウランを抽出濃縮して広島型原爆を作ったそうです。
母は東機関でこの情報をスペイン→メキシコ→ロスアラモス→シアトル→ウラジオ→樺太経由で入手してロスアラモス爆破工作員を送り込んだそうですが、ロスアラモスの近くの当時は小さな町ラスベガスで工作員は撃ち殺されたそうです。
母はシアトルからウラジオに運ばれたアメリカの莫大なソ連支援物資を樺太で、北樺太に日本海軍の石油利権が有ったので年間100万トンの樺太産石油に紛れ込ませて、コーヒーやアメリカ製の化粧品などを手に入れていました。
母は文武両道で当時はハンドバックに拳銃を入れて、帝都高等女学校の時は馬賊に成りたいって拳銃の練習と馬術の練習を代々木練兵場で行っていました。母の薙刀の技は国体上級レベルで、英国の皇太子が日本を訪問した帝都高等女学校の時には、英国皇太子の前で薙刀の模範演技を披露するほどでした。母の元気さはこの文武領土で、チンピラなんて母に返り討ちされていました。孫とのチャンバラも負けた事は有りません。母は上海作戦では瞬く間に上海幹部を数人を拳銃で撃ち殺し逃げ帰っています。参謀本部は母の文武両道は一個師団に相当するって参謀本部での扱いは将官待遇でした。
これは メッセージ 73015 (weary100jp さん)への返信です.
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