中国の反日デモ

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日本のファシズムへの道 - 臨戦態勢へ

投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/04/05 01:18 投稿番号: [72635 / 95793]
参考である(東大名誉教授の論文から):

<一部紹介>
つまり日本のばあいには、独・伊のように、ファシズムが一つの大衆的な政党運動として従来の政治体制の外側から進出し、クーデターによってファシストが政権を奪取したのちに、強力な独裁制がしかれるという形は、かならずしもみられない。もちろん日本では右翼の運動は、数も少なく微弱であって、とても選挙によって多数をとれるというようなものではなかったが、ともかくここでもそれは大衆的な政治運動であった。また青年将校たちの運動や行動は、ある意味で下から進出した運動であり、既存の支配秩序をくつがえそうとしたものであった。

しかし日本におけるファシストの政治権力は、かれらの運動とクーデターとによって、直接に獲得されたものではなかった。クーデターはむしろすべて失敗に帰し、その結果、陸軍の首脳部を中心に、重臣・内閣・議会といったような、天皇制のもとにおけるこれまでの政治体制が、そのままファッショ化していく形でファシストの支配体制ができあがっていったのである。

この意味で、陸軍の統制派の果たした役割は重要だった。かつての革新的中堅将校がやがて首脳部に入るにつれて、かれらはクーデターをむしろ弾圧しつつ、既存の機構のなかで日本のファッショ化をおしすすめはじめた。そしてそれにおされて、すべての政治機構がファシズムの方向へいっせいに押し流されていくのである。

もちろん斎藤(実)・岡田(啓介)をはじめ、西園寺(公望)・若槻(礼次郎)・木戸(幸一)等々といった重臣や首相にも、既成政党の一部の人々にも、それにたいする抵抗がまったくなかったわけではない。しかし、それは決して国民的背景をもった組織的な抵抗ではなかったし、なかには命を失ったものもあったが、大部分はずるずると大勢におされてファシズムの支配の一端に組みこまれてしまっているのである。

したがって日本のファシズムのなかでは、ムソリーニやヒトラーのような国民的英雄であり、同時に強烈な独裁者でもある人物はついに現われなかった。多少とも独裁者といわれたのは、つぎの時期に入って登場する東条英機かもしれないが、かれとて国民的支持をもっていたわけでは決してないし、重臣層の支持を失えば、たちまち失脚するような存在にすぎなかったのである。

むしろ絶対的な権威をもっていたものといえば、天皇だけだったといえようが、皮肉にも天皇は個人的にはむしろファシズムにたいする反対者であった。ただ明治時代とはちがって、大正以降は、もはや天皇がその個性によって日本の政治を動かしうる機構は、すでに原則として失われていた。

全文:
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/pdf/ouchitsutomu.pdf

では、お休み。

○爺
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