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第一次世界大戦のいい話

投稿者: haitink777 投稿日時: 2006/02/09 11:48 投稿番号: [68704 / 95793]
>第一次世界大戦は、日本では古すぎる話なので、案外に忘れられていますが、歴史としては必須の学ぶべき研究するべき必須の題材です。

今年6月に公開される映画「バルトの楽園」が、まさにコレですね。
第1次大戦で捕虜になったドイツ兵が、日本で最初のベートーヴェンの第9を演奏する話だそうで、公開がとても楽しみです。(^^)

http://www.asahi.com/culture/theater/TKY200512270327.html
ドイツ人捕虜と日本の交流   映画とTV
2005年12月27日16時22分

■映画「バルトの楽園」撮影中

  年の瀬は「第九」の季節。1918年に日本で最初にベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」を演奏したとされるドイツ人捕虜と、収容所の周辺住民の交流を映画化した「バルトの楽園(がくえん)」(出目昌伸監督)の撮影が徳島県で進んでいる。製作費15億円、大規模なオープンセットを建て、ドイツを代表する俳優ブルーノ・ガンツが出演するのも話題だ。

  第1次世界大戦で、日本はドイツの極東の拠点、中国の青島を攻略。多数のドイツ軍兵士を捕虜にして日本の収容所に送った。そのうちの一つ、徳島の板東(ばんどう)俘虜(ふりょ)収容所の捕虜たちが18年6月、「第九」を演奏した。

  物語はこの実話をベースに、捕虜を寛容に扱い、文化活動などを認めた松江豊寿所長(松平健)と、捕虜の中心的存在だったハインリッヒ少将(ガンツ)を中心に、地元住民と捕虜たちとの心の交流を描く。

  鳴門市の郊外、板東地区のゴルフ場跡地約2万平方メートルに、収容所など約30棟のセットが立ち並ぶ。クライマックスの「第九」を歌うシーンの撮影には、ドイツ人の役者ら200人が参加、このうち楽器の奏者ら約60人はドイツから呼び寄せた。地元のエキストラ200人も当時の服装で加わった。

  ガンツは「ヒトラー〜最期の12日間」(オリバー・ヒルシュビーゲル監督)のヒトラー役で国際的に高い評価を得た。この作品の公開時に次ぐ来日。記者会見では「『ヒトラー』を終えた後、ドイツの軍人はもう演じたくなかったが、出目監督の作品を見て出演を決めた。それに、素晴らしい日本にもまた来たかった」。

  来年6月に日独同日公開が予定されている。ドイツでの反応についてガンツは「ドイツでは『第九』は一般に広く歌われていないが、第1次大戦中、ドイツ人捕虜が日本の収容所にいて、地元の人たちと交流をした事実に興味をもつかもしれない」と話す。

  監督の出目は「霧の子午線」以来約10年ぶりの映画だ。「この映画のテーマは、信頼をもとに相手の独創性・自主性を認めることが平和につながるということ。今の世の中に最も必要なことじゃないだろうか」と話している。


■TV「ドイツからの贈りもの」

  テレビ新広島の開局30周年記念番組「歴史発掘スペシャル   ドイツからの贈りもの〜国境を越えた奇跡の物語〜」が1月22日午後4時5分から、フジテレビ系で放送される。瀬戸内海の広島・似島(にのしま)に第1次世界大戦のドイツ人捕虜収容所があった。捕虜が残した食文化や、日本人との交流の軌跡を描く。俳優勝村政信がリポーター役だ。

  似島の収容所の開設は1917年。大阪から545人が移送された。19年には、広島師範学校の生徒とドイツ人捕虜のサッカーの試合があった。勝村はドイツに飛び、試合に参加した捕虜の解放後の足跡をたどる。捕虜たちには日本の軍人と同等の給料が支払われ、遠足もあったという。

  番組は「食の伝道師」となった捕虜たちも紹介する。バウムクーヘンを伝えたカール・ユーハイムもその1人。また、19年の大戦終結で解放された後も日本に残ったヘルマン・ウォルシュケは、ハムやソーセージづくりを伝えた。34年のベーブ・ルース来日時には、甲子園球場でホットドッグも販売した。

  勝村は「サッカーや遠足など、寛容さがあったことで、ドイツの文化を吸収できたのだと思います」と話している。
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