善悪
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/12/23 09:47 投稿番号: [65728 / 95793]
二宮尊徳はいいました、善悪というのはたいへん難しい理論です。もともとを
論じたなら善もなく悪もありません。善と分類するから悪というものができる
のです。もとは人々が勝手に決めているだけの人道上のものです。ですから人
でなければ善悪はなく、人がいてはじめて善悪というものがあります。
人は荒地を拓くのを善とし、田畑を荒らすのを悪としますが、猪や鹿の方では
開拓を悪とし荒らすのを善とするでしょう。そうするとどんなものが善でそん
なものが悪なのか、その理由は説明しにくいのです。
この理論でいちばん分かりやすいのが遠近です。遠近というのも善悪というの
も理論は同じです。たとえば杭を二本作って、一本には「遠」と書き一本には
「近」と書いて、この二本を渡してこの杭をあなたの体から、遠いところと近
いところとに立てなさいと言いつければ、すぐにわかります。
私の歌に
見渡せば遠き近きはなかりけりおのれおのれが住処にぞある
と。この歌を「よきもあしきもなかりけり」とすれば自分の都合に関係するの
で理解しにくく、「遠近」なら自分の都合に関係ないのでよく分かります。
工事のときに立てた柱が垂直かどうかはあまり近くにいては見えないものです。
とはいっても遠すぎては視力が及びません。ことわざで「遠山木なし遠海波な
し」とあるとおりです。そこで自分の都合に関係の薄い遠近に話をうつして説
明します。
遠近というのは自分の居所が定まってから遠近があります。居所が定まらない
のに遠近は決してありません。「大阪は遠い」といえば関東の人でしょう。
「関東は遠い」といえば関西の人でしょう。
禍福、吉凶、是非、得失、みな同様です。禍福もひとつ善悪もひとつ得失もひ
とつです。
もとが一つなので半分を善としたら半分は必ず悪です。それなのにその半分の
悪がないようにと願うのは、無理な願いです。人が生まれて喜べば、死の悲し
みを伴っていて離れず、咲いた花が必ず散るのと同じ、生じた草が必ず枯れる
のと同じです。
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日本・ドイツは人ですが、諸外国は猪鹿です。
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