韓国は中国の
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/11/01 21:57 投稿番号: [62907 / 95793]
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2005/0511/hi-se.html
▼質問=秋田市のH・Sさん(自由業・84歳)から。
雑誌や新聞紙上で、かつての日の朝鮮半島を「植民地」と呼称しているのを度々見うけますが、植民地の正しい定義はどうなっていますか。それに該当していますか。また、最近同地に対して「占領時代」という記載も見ましたが、このような表現は何とも許容しかねます。どのように表記すべきか、明解を教示願います(八月号)。
▽回答=青森市の原子政幸さん(会社役員・58歳)から。
英国のアイルランド植民地政策を例に挙げます。(1)土地の没収
(2)無教養化(3)産業進展の抑圧。欧米列強の植民地政策はほぼ同様です。併し日本の朝鮮に対する政策はこれと正反対のものでした。李朝五百十八年間「三政紊乱」(1)田税(2)軍政(兵役)(3) 還税(還穀)という税制を課せられ農民は極度に悲惨な状況になっていました。旱魃(かんばつ)、水害、霜害、雹(ひょう)害、総計百五十三回も発生しています。李朝末期には公然と売官買職が横行し貪官汚(タムグアンオリ)吏が跳梁し不労所得の両班による苛斂誅求と際限のない搾取で餓死者、棄民が続出する状況になっていました。明治二十六年一年間で六十五件の農民反乱が発生。二十七年四月甲午農民戦争勃発。農民軍兵力八千名。五月三十一日全州城(チョンジョソン)占領、官軍と対峙。六月三日、高宗清に救援を要請。八日、清軍二千人牙山湾に上陸。十二日、日本軍仁川に上陸第九旅団九千名。八月一日、清国に宣戦布告。同時に弊政改革を断行しました。十二条、貪官汚吏の処罰。奴婢と賎民に対する差別の撤廃。未亡人の再婚許可。雑税の廃止。土地の無償分配等です。
明治二十八年六月二日下関条約締結。第一条清国は朝鮮国の完全無決な独立自主の国たる事を確認する。朝鮮国より清国に対する貢献典礼等はこれを廃すべし。この条項に因って朝鮮は中華帝国の千年属国から解放されました。
これは メッセージ 62904 (kubotakaaki2005 さん)への返信です.
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