カラホト で思い出した
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/10/19 10:20 投稿番号: [62035 / 95793]
隋を滅ぼし唐を建国した李氏の2代目皇帝太宗は隋王朝の離宮に避暑に出かけた。
若いときから戦いの日々、そして建国体制の整備、と忙しい中で、離宮の派手な装飾をはがして質素な雰囲気の自分好みの離宮にして楽しんだ。九成宮と改名した。
妻と散歩したいたら湿ったところがあったので杖でつついたら水が湧き出した。険しい山の頂で水がなくて下からくみ上げていたのが夢のようだった。水路は離宮をめぐらし山すそまでその恩恵をもたらした。
「九成宮醴泉銘」はこの事実を書き留めて、立派な皇帝が在位の時には奇跡が起こるということを碑にして残したものです。それは書道を習っている人ならたいてい楷書の手本として最初に習うものですので知っている人が多いと思います。「九成宮醴泉銘」もしくは同時代の「孔子廟堂碑」を習った人が多いと思います。
唐の太宗皇帝時代は世界でもっとも大きな栄えた国でした。日本からも遣唐使を派遣しました。三蔵法師はインドとの交易をもたらし、周辺地域からこぞって貿易や併合の申し出があった、中国史上一番華やかな時代です。
のち、太宗の死後跡継ぎの皇帝が九成宮という名前を変えてから水が出なくなりました。下手な政治で有名な人です。
さて、黒龍川が枯れているとのこと、、、、、
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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