天声珍語の歴史的迷文。
投稿者: monkey49892001 投稿日時: 2005/08/15 08:00 投稿番号: [57929 / 95793]
じゃあちよっと中国から横道にそれましょう!
ご存知の方も多いとは思いますが、
(ペットボトルの水)から、核戦争へと話題を導くという、(天声珍語)の離れ業だ!
2002年7月19日■天声人語■
昔はこんなに水を飲んだだろうか、と思うときがある。ペットボトルの水の
おかげである。あれを持ち歩く習慣がついてしまった。水事情が良くない海外を
旅行したときからの習慣かもしれない。水が手元にないとつい不安になる。
手元にあると無意識のように口をつけてしまう。本格的な渇きを感じる前に
飲んでしまう。水の存在が疑似的な渇きを招いているのではないか、と反省する
ときもある。欲求があって何かを欲しがるのではなく、何かが目の前にあるから
欲求が生まれる。
水ではなくお茶の人もいるだろうし、あるいはスナック菓子の人もいるだろう。
そうした飲食物だったらまだいい。しかし、もっと別の物で同じ心理が生じると
すると……と考えて不安を覚えることがある。たとえば武器である。
昔の武士は試し切りというのをしたらしい。いい刀を手に入れると使ってみたく
なる。わら人形相手ではつまらない。そういって実際に人間を相手に試し切りを
したという。そこまでさかのぼらなくても、最近の戦争でも似たようなことがあった
という話はよく聞く。殺傷の欲望を、手にした武器が促す。
究極の武器といえば核兵器に行き着く。インドとパキスタンとの緊張がまた
高まっている。核保有国の両者が自制できるかどうか。ペットボトルの水をにらみ
ながら核戦争の恐怖におびえる。あまりに極端な連想かもしれないが、人間の
欲望と自制との関係という点では、同じだ。
ものと欲求との関係が転倒しやすい時代だ。気をつけないと、みるみる深みにはまる。
何という、完璧な理論展開なのだろう。まるで中学校の壁新聞ではないか。私はその時言葉を失った。(笑ってしまって、しゃべる事など、しばらくできなっかたのだ。)
すてきなアサピー
http://asapy.asahicom.com/01/asapy_anime005.htm
これは メッセージ 57928 (yozakura321 さん)への返信です.
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