阪神大震災では治に居て乱を忘れず
投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2005/07/27 13:04 投稿番号: [56756 / 95793]
って我が家の伝統を持ち込んだ家の支配者の姉は、家具を固定して震災対策を芦屋でやっていました。
姉はその惨状をポラロイド写真で一杯撮影して、震災地域への緊急物資トラックの帰りの空トラックに家族を乗せて安全地帯へ行って社会保険庁で生存届けを出して当時、社会保険庁が持っていた全国のスパに避難民として点々と全国のスパ巡りを行っていました。ほとんどの料金はただ見たいなものでした。海が見える温泉を楽しみ、新鮮な暖かい懐石料理を楽しみ、掃除洗濯料理などの家事は無く、ふかふかの布団で寝ていました。これを1ヶ月ほどやっていました。姉は多額納税者なんだから正当な権利だってオバタリアンを言っていました。
戦略計画と意思決定システムを治に居て乱を忘れずって巧妙に研究開発実用化に練り上げたオプション戦略は大成功でした。姉は農協の地震保険にも入っていたな。旦那の田舎で農協の保険に営業されたので芦屋でも入れたそうです。つまり、留守中に全焼しても泥棒に盗まれても保険金が出るのです。
家具固定で家族に死傷者けが人が出なかったのです。姉は?字金具とヨット用のロープで家具を数万円で縛り上げていました。中身は飛び出したけどね。殺傷力は有りませんでした。
阪神大震災の被害者の天国と地獄でしょうね。
これは メッセージ 56749 (soutennsyoubu1010 さん)への返信です.
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