>>若干異議あり・・・
投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2005/07/24 12:53 投稿番号: [56327 / 95793]
戦前のヤクザの世界は業種ごとに住み分けをしていました。大まかに博打、売春、暴力、テキ屋などにね。
暴力系ヤクザは、治安維持の為です。暴力ヤクザが居ないとチンピラが蔓延るからです。
北九州の江藤組ってのは女ヤクザでした。中学の寮でテレビを見ていたら後ろから頭にコーラを掛けて来たので張り倒しました。まあ、ヤクザのオボッちゃまな奴だったので、俺を誰だと思うんだ!なんて若御戯れをのつもりだったのでしょうが、私は俺は東京のギャングのせがれだ!って怒鳴りつけてなおさらぼこぼこに張り倒しました。
それで、ちょっと気になったので父にその事を電話したら父はあの江藤組なら友達だから連絡して置くって答えていました。
まあ、学校寮での喧嘩なので教育関係者は大騒ぎで母が呼び出され、時間通りに我が家のお抱え運転手付きの高級乗用車で母はばっしりと和服で決めてサングラスをして着ました。もう、極妻の世界でした。学院長は元満州国情報部部長で最敬礼し、校長と教頭は憲兵隊司令官と憲兵隊実戦隊長なので敬礼していました。外地では謎の日本軍参謀本部の謎のMの登場でした。戦時中の参謀本部の暗号通信では物資不足とか作戦承認の場合は姉さんが駄目って言ったら駄目ってとか姉さんが用意してくれたとかって暗号電文が飛び交っていました。記号表記ではMでした。
とても喜んでいたのはアメリカ人英語教師でフリーメーソンでCIAでした。Mを見た最初のアメリカ情報機関員だからね。
ちなみに用務員のおじさんは、モンゴル潜入工作の中野出身者でした。
父は、なんちゅう学校へ私を入れたのかな?
これは メッセージ 56283 (kin1ge2tu3 さん)への返信です.
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