おはよう
投稿者: c_dur_sei 投稿日時: 2005/07/10 06:01 投稿番号: [53685 / 95793]
一昨日(おととい)はロンドンの惨劇で亡くなった人たちに悔やみを述べた。亡くなった
人達に何の罪もないと思ったからだ。本来ならオリンピック開催地決定に沸くはずだっ
たのだ。気の毒に。
しかしこれが米、旧ソ、中国・・といった国の首脳の面々だったなら、私は素直にそれを
いえない。加えて彼らの合唱するテロ非難にもすんなり肯けない。
テロに対する当然のことを当然のように言うのは結構だ。が、それに乗じて不都合なも
のを除こうとするのに、弱者(一般大衆)をダシに使おうとする意思が働いていないか。
死者を悼むだけでない別のものが作用しているのを、毎度のことながらに思う。ここに
汚物臭を嗅ぐ思いがする。
また、滅ぼされようとしているもの、かつて屠られてきたもの達の内にあるものは、否定
すべきものだけなのだろうか、とも思う。轟音の内に掻き消されていく音の中に何がある
のかを、少し考えてみたい。
別口
ドイツが今後どう世界に関わって行くのか、政治音痴の私も興味あり。9月の選挙が待たれる。
飛び石外交をやって包囲網の布石を打つことはできないのだろうかと思った。
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「明治からの歴史、江戸文化と福沢諭吉の世界を語りたい・・・」
少しずつでも連載を乞う。何も書き込みしている人ばかりが対象とは限らないだろうに。
もっとも談話を楽しみたいなら別だが。
この場は、政治談議と世間話を語る談話室>掲示板のように思えるけど、底に日本を
心配する気持ちも流れているような気がする。
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おまけ
夏はこれである、オリジナルは、まともなのが見つけられなかった。
(上は、要リアルプレイヤー)
http://www.universal-music.co.jp/classics/soundtrack/atlantis/uccl1043_08.ramhttp://www.geocities.com/lyricalmusings/lyrics/a_summerplace.htm
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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