炭坑町とは奇遇ですね。
投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2005/07/07 03:44 投稿番号: [53124 / 95793]
私の父は、軍縮リストラを逃げ回って全兵科を渡り歩いたから工兵もやっていて、トンネル掘りの名人でした。母の父親の爺さんも土建屋奉公から通信教育で士官学校に合格して近衛騎兵将校で日露戦争では乃木軍だったので、得意の塹壕掘りとトンネル掘りと砲兵観測って測量で大戦果で英雄だった。上野〜浅草間の地下鉄工事区間ではずいぶんと損したそうだった。
父は私が幼稚園小学生の頃は、新幹線の網代トンネルのボーリング調査に呼び出されて、東京と熱海を往復して仕事を掛け持ちして、熱海の芸者で当時、父を知らないのはモグリとまで言われていた。祇園で遊びまわった頃の教養で芸者を指南もしていた。
三船と石原裕次郎のトンネル掘りの映画を見に行ったら父は恐怖の旋律のトンネル崩落のフラッシュバックで怯えていた。
父の珍しい怯えでトンネル工事の怖さを思い巡らした。
祇園って言葉も、インドから中国を経て日本に伝わったものですね。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
母はソビエトが出来た時に小学生で、長生きしているから潰れるのも見て十数年生きているから、中国の諸行無常も見られるだろうな。
中国の自家中毒となっているうつろいやすい捏造に対するむなしさをビザ優遇で断ち切れるものかな?
これは メッセージ 53112 (k_g_y_7_234 さん)への返信です.
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