中国の反日デモ

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国民党プロパガンダ部顧問

投稿者: kubotakaaki2005 投稿日時: 2005/07/04 08:14 投稿番号: [52618 / 95793]
ティンパーリーが国民党プロパガンダ部顧問

南京虐殺のとこで、当時の中華民国政府が、何処の国かは忘れましたが、第3者のジャーナリストに金を渡し、南京での事件を書かせたと言っていました。指示した中華民国の人の名前と、請け負ったジャーナリストの名前もはっきりと、フリップに書いて示していました。

南京事件が初めて世界に発信されたのはイギリスの日刊紙「マンチェスター・ガーディアン」の特派員・ティンバーリーによる書物だが、それは実際には中国国民党中央宣伝部の意を体して発行されたものであり、巧妙な戦時外交戦略であった。

http://netshop.her.jp/shop/cgi-bin/onlineshop.php?number=4094025464&disp=heavy&kind=s

日中戦争中の南京事件(1937年)をセンセーショナルに描き、その後不正確な記述や偽写真の使用が問題となったノンフィクション作品「ザ・レイプ・オブ・南京」(1997年出版)を執筆した中国系米国人女性作家、アイリス・チャン氏(36)が、カリフォルニア州サンタクララ郡で死亡していたことが10日、確認された。状況から自殺とみられる。
  AP通信などによると、捜査当局者の説明では、自宅近くの路上に駐車していた車の中で9日朝、死亡しているのを通りかかったドライバーが発見した。
  検視の結果、頭部から銃弾1発がみつかり、捜査当局は自殺と判断した。
  チャン氏はサンノゼで夫と2歳の息子との3人で暮らしていた。関係者によると、最近は、第二次世界大戦中、フィリピンで日本軍と戦った米兵の物語を執筆するため取材活動を続けていたが、体調を崩して一時入院。退院後もふさぎ込むことが多かったという。
  チャン氏は1968年、ニュージャージー州プリンストン生まれ。米イリノイ大学(ジャーナリズム専攻)やジョンズ・ホプキンス大学の大学院で学んだ後、AP通信やシカゴ・トリビューン紙で短期間、記者として働いた後、25歳の時に初の著作「蚕の糸」を出版。97年11月に「ザ・レイプ・オブ・南京」を出版した。
(11/11 16:47)
http://www.sankei.co.jp/news/041111/dea073.htm

アイリス・チャンが「レイプオブ南京」の次作として選んだのは、大東亜戦争中のフィリピンにおける日本兵の蛮行で、彼女はフィリピンに行き取材を重ねた。
  ところが現地へ行ってみると、この国に人達は親日的で、中国人が伝統的に嫌われていることが分かる。金目当ての人攫いは、中国系住民の子供を人質にゆするが、これが恒常的に続いていることも分かる。図書館に行けば、スペインに言いがかりをつけてこの国を奪った米国の顔が見えてくる。この国を植民地として以降の、米軍による西部開拓史的な手荒い原住民虐殺史が、嫌でも目に付く。日本の傀儡といわれた戦時大統領ラウレルが再評価され、本屋で彼の写真が売られている。マニラの町に出ると、走っているのは、日本車ばかり。   意気込んできたが、これでは次作は書けないと彼女は気がつく。ふと自分が書いた「レイプオブ南京」も史実からかけ離れたものだったのかと疑問を持つ。アイリス・チャン36歳、精神的に落ち込み始める。
  AP通信は「彼女は神経衰弱、うつの傾向が見られた」と報じている。彼女はフィリピンに行き、米国のアジアへの侵略性を見、中国という国の実状を違う角度から見、多くの親日フィリピン人と接し、自身が若いとき書き世に出した本が、あれで良かったのか深刻に悩む。そして極度に精神的に落ち込み、自殺に至ったと思われる。彼女のように共産党国家の工作に加担した者の末路は、惨めな例が多い。
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