中国の反日デモ

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「中国の友人」朝日新聞

投稿者: bush_aho_kim 投稿日時: 2005/06/18 16:02 投稿番号: [49060 / 95793]
中国は、その数千年の動乱の歴史を通じて、我々日本人には想像もできないような凄まじい外交術を発達させてきた。その一つに、国際社会で「中国の友人」と呼ばれているものがある。
たとえば、中国がある国の将来性ある政治家なり、ジャーナリストなり−仮にA氏と呼ぼう−に狙いをつけたとする。A氏は中国に招待され、VIPとして「熱烈歓迎」を受ける。
鼻高々で帰国したA氏は、以後、「何か中国に頼みたいことがあったら、自分に任せなさい、私には中国政府要人との太いパイプがあるから」、と触れ回る。実際にいくつかそういう実績を上げると、A氏は中国とのコネをバックに出世していく。
A氏が実力者となると、今度は中国の方がいろいろ要求を出してくる。経済援助を増やして欲しい、とか、反台湾政策をとれ、等々である。A氏は自分の地位を守るためには、中国の意向に従わざるをえなくなる。
(中略)
こうして45年9月には、北京に残るのは、朝日の秋岡特派員だけになってしまった。
毎日、産経が追放された時、9社で抗議と追放理由の詳細な説明を求める共同声明を出そうということになったが、朝日新聞が脱退までちらつかせて強硬に反対した。

当時の朝日新聞社の広岡社長は、「中国文化大革命という歴史の証人として、わが社だけでも踏みとどまるべきである。そのためには向こうのデメリットな部分が多少あっても目をつぶって、メリットのある部分を書くこともやむを得ない」という趣旨の発言を社内でもしていたと伝えられている。
まさに、中国のデメリットな部分には目をつむり、メリットな部分だけを報道すると云う誓を立てることによって、朝日新聞だけが中国に残れたのである。このときの出来事が、日本のメディアのその後の報道姿勢に影響を与えていることは間違いない。

その後、朝日新聞は「中国の友人」になり、他の各紙(通信社を含む)も中国当局の意向に配慮することを約束して中国に復帰する。

下記より引用
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_b612.html
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