母は戦時中は東機関で対米工作
投稿者: kubotakaaki2006 投稿日時: 2005/06/14 15:26 投稿番号: [47875 / 95793]
スペインからメキシコ経由でアメリカへ工作員を送り込んで、情報はシアトルからウラジオ行きのアメリカのソ連援助船で運んで樺太の国境で受け取って居ました。そして、海軍用にエンジンオイル、ハイオクタン価ガソリン、役得としてコーヒー、化粧品などをいっぱい仕入れていました。隠し物はコーヒーと化粧品に隠すのが良いそうです。
母は当時、ハンドバックに22口径を入れて銀座でモガを張っていました。
参謀本部の命令で出動する時は現地軍司令官よりも偉くしてもらったんで最終軍階級は将官待遇でした。苦労した外地での任務は上海とバンコクと捉えた英国情報員と捉えられた日本情報員の交換に二式飛行艇でオーストラリア東海岸まで行ったそうです。
中田のモデルガンを買って部屋で楽しんでいたら母が入ってきて撃ち方フォームを教えてもらい。夕食時に父にその話をしたら、父は騎兵のガバメントの打ち方を教えてくれて、中学生で肩こりに成りました。P38を素振り50回とかね。
これは メッセージ 47848 (sakurasaita321 さん)への返信です.
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