>中国の闇臓器売買の (南アフリカも)
投稿者: youmenjpjp 投稿日時: 2005/06/11 12:21 投稿番号: [46749 / 95793]
(ODAで援護する日本は犯罪幇助)
(アパルトヘイトHPより)
南アフリカ共和国で行われていた黒人と白人を徹底的に差別する人種隔離政策を
[アパルトヘイト]と言う。
居住地区や施設、賃金、人権などのあらゆる分野で白人の優位が法的に保たれた。
そして白人による政府が心血を注いで作り上げた不平等な国、
それがかつての南アフリカ共和国だ。
政府は自分達の都合で反逆者を次々と弾劾したわけだが、
(中略)
例えばアパルトヘイト統治下では黒人による自由を求めた集会は違法であった。
ところがある地域で子供達が何千人も集まり、自由をうたった。
そこで政府は軍隊を出動して鎮圧を試みた。
兵隊が言った。「この集会は違法だ。3分以内に退去せよ」
子供達は退去しなかった。
もしかしたら退去しようとしたかもしれないが、いかんせん数が多い。
話が伝わるまでに3分は経ってしまう。どう考えてもできるはずがなかった。
3分後、軍は子供達に向けて催涙ガスを発射し、マシンガンを乱射した。
逃げ惑う黒人の子供達の背中をマシンガンで滅多撃ちにし、400人を殺傷、1000人近くを負傷させた。
子供であろうと容赦無く「平等に」殺しまくったのである。
自由を望み、危険を承知であえて蜂起した黒人もたくさんいた。
その中には知性に富み、カリスマ性を持った指導者達も大勢いた。
畏怖の念を抱いた政府は目立つ指導者を片っ端から捕らえ、「公権剥奪」を行った。
これは軟禁のことであり、許可無く自宅から出ること、
家族以外の2人以上の人間との接触を禁じる法律で、有効期限は5年。
事実上の人権剥奪である。
公権を剥奪されたにも関わらず自由を唱え、黒人の独立を進めようとした指導者は投獄された。
このような投獄に裁判は不必要とされる法律が1963年に立法されていたので、政府や警察はいくらでも口実を作って指導者らを投獄できた。
そして捕らえられた彼らはどんどん死んでいった。
裁判所公認の検死報告書によると彼らの死因はこうである。
自然死・自殺・首吊り自殺・階段からの転落死
説明無し・不慮の事故・シャワー室での転倒死
要するに1963年から1987年における黒人指導者らは獄中で「たまたま」死んだ、と法的には処理されている。
例え死体を直接検分した目撃者らが明らかな拷問の傷痕を申したてても、である。ここにおいても「平等な」死が訪れている。
「たまたま」獄中死したデンゼル・ワシントン演じるビコ氏は生前に裁判でこう述べている。
「これをテロと言わずに何と言う?」
別の時分、アパルトヘイトを良しとする白人集会で警察のトップが言った。
「我々(白人)は黒人に蜂起する機会を与えたではないか」
蜂起に関わる人間を拷問で獄中死に追いやり、
非武装の子供達を背後からマシンガンで撃ち殺しまくった当事者の慈悲に満ちた言葉である。
警察や軍が行った行為は断じて「テロ」ではない。
ただ「黒人だけを標的としたテロ」に過ぎない、そう言ってのけたのである。
最後に我らが日本の汚点を記したいと思う。
アパルトヘイトに猛反対した諸国は南フリカとの交流や貿易を凍結し、
外交的、経済的圧力をかけた。
その中で唯一、南アフリカと貿易をしていた国がある。それが日本だ。
黒人への無差別暴行、大量殺人を行う国と平然と国交を保っていた。
「南アフリカの黒人なんて畜生以下」と日本は言ったも同然だ。
おかげで日本人は有色人種でありながらも、かの国では白人と同等の待遇を受けられた。
そして国民は非道を支持した、当時の与党・自民党に平気で投票していたのだ。
さぞ世界各国から冷笑非難を浴びたことであろう。
「さすが20世紀最悪の所業である日韓併合や南京大虐殺を行った国だ。
アパルトヘイトくらい意に介さずだな」と。
そんな風に思われている日本は、毎回国連の安保常任理事国に立候補し、落選している。
誰が投票するもんかよ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/3077/sub3-67.html
http://www.h3.dion.ne.jp/~win-tom/sogo4.htm
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これは平和ボケしている日本独特の行為で国際性が無い証拠でしょう。もちろん中国は安保常任理事国は脱退するべきでしょう。
あと気になるのが当時南アフリカでは臓器移植が
(アパルトヘイトHPより)
南アフリカ共和国で行われていた黒人と白人を徹底的に差別する人種隔離政策を
[アパルトヘイト]と言う。
居住地区や施設、賃金、人権などのあらゆる分野で白人の優位が法的に保たれた。
そして白人による政府が心血を注いで作り上げた不平等な国、
それがかつての南アフリカ共和国だ。
政府は自分達の都合で反逆者を次々と弾劾したわけだが、
(中略)
例えばアパルトヘイト統治下では黒人による自由を求めた集会は違法であった。
ところがある地域で子供達が何千人も集まり、自由をうたった。
そこで政府は軍隊を出動して鎮圧を試みた。
兵隊が言った。「この集会は違法だ。3分以内に退去せよ」
子供達は退去しなかった。
もしかしたら退去しようとしたかもしれないが、いかんせん数が多い。
話が伝わるまでに3分は経ってしまう。どう考えてもできるはずがなかった。
3分後、軍は子供達に向けて催涙ガスを発射し、マシンガンを乱射した。
逃げ惑う黒人の子供達の背中をマシンガンで滅多撃ちにし、400人を殺傷、1000人近くを負傷させた。
子供であろうと容赦無く「平等に」殺しまくったのである。
自由を望み、危険を承知であえて蜂起した黒人もたくさんいた。
その中には知性に富み、カリスマ性を持った指導者達も大勢いた。
畏怖の念を抱いた政府は目立つ指導者を片っ端から捕らえ、「公権剥奪」を行った。
これは軟禁のことであり、許可無く自宅から出ること、
家族以外の2人以上の人間との接触を禁じる法律で、有効期限は5年。
事実上の人権剥奪である。
公権を剥奪されたにも関わらず自由を唱え、黒人の独立を進めようとした指導者は投獄された。
このような投獄に裁判は不必要とされる法律が1963年に立法されていたので、政府や警察はいくらでも口実を作って指導者らを投獄できた。
そして捕らえられた彼らはどんどん死んでいった。
裁判所公認の検死報告書によると彼らの死因はこうである。
自然死・自殺・首吊り自殺・階段からの転落死
説明無し・不慮の事故・シャワー室での転倒死
要するに1963年から1987年における黒人指導者らは獄中で「たまたま」死んだ、と法的には処理されている。
例え死体を直接検分した目撃者らが明らかな拷問の傷痕を申したてても、である。ここにおいても「平等な」死が訪れている。
「たまたま」獄中死したデンゼル・ワシントン演じるビコ氏は生前に裁判でこう述べている。
「これをテロと言わずに何と言う?」
別の時分、アパルトヘイトを良しとする白人集会で警察のトップが言った。
「我々(白人)は黒人に蜂起する機会を与えたではないか」
蜂起に関わる人間を拷問で獄中死に追いやり、
非武装の子供達を背後からマシンガンで撃ち殺しまくった当事者の慈悲に満ちた言葉である。
警察や軍が行った行為は断じて「テロ」ではない。
ただ「黒人だけを標的としたテロ」に過ぎない、そう言ってのけたのである。
最後に我らが日本の汚点を記したいと思う。
アパルトヘイトに猛反対した諸国は南フリカとの交流や貿易を凍結し、
外交的、経済的圧力をかけた。
その中で唯一、南アフリカと貿易をしていた国がある。それが日本だ。
黒人への無差別暴行、大量殺人を行う国と平然と国交を保っていた。
「南アフリカの黒人なんて畜生以下」と日本は言ったも同然だ。
おかげで日本人は有色人種でありながらも、かの国では白人と同等の待遇を受けられた。
そして国民は非道を支持した、当時の与党・自民党に平気で投票していたのだ。
さぞ世界各国から冷笑非難を浴びたことであろう。
「さすが20世紀最悪の所業である日韓併合や南京大虐殺を行った国だ。
アパルトヘイトくらい意に介さずだな」と。
そんな風に思われている日本は、毎回国連の安保常任理事国に立候補し、落選している。
誰が投票するもんかよ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/3077/sub3-67.html
http://www.h3.dion.ne.jp/~win-tom/sogo4.htm
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これは平和ボケしている日本独特の行為で国際性が無い証拠でしょう。もちろん中国は安保常任理事国は脱退するべきでしょう。
あと気になるのが当時南アフリカでは臓器移植が
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