ブラジルにだって差別はある
投稿者: bees000xxx 投稿日時: 2005/06/11 11:08 投稿番号: [46736 / 95793]
人種が混ざること、それがすべての問題を解決するとは思えません。
そして、人種が違うことが悪いことでもありません。
大事なのは以下にその違いバックグラウンドを理解し尊重することだと思います。
話はちょっと長くなりますが、私の体験を一つ。
私は今海外で、ブラジルに住んでいるわけではありませんがブラジリアンコミュニティーとは非常に仲良くさせてもらっています。
こっちで一番仲のいいのがブラジルの黒人家族なのですが、彼女いわくブラジルにも差別はあるそうです。
そしてやっぱり黒人が差別されているみたいです。
それとブラジルでも日本人、韓国人などはやっぱり同じ日本人、韓国人同士で結婚する例が多いそうです。
なので、完全に混ざり合ってるかというとまたそういうわけでもないみたいですよ。
確かにブラジリアンは陽気で、情が深く、非常によくしてもらっています。
個人的には大好きです。
しかし、犯罪率も高く、その手口も残虐ですよ。
ブラジルの映画Chity of Godというのがありますが、そのブラジルの友達が言うにはアレは正にブラジルの問題点を赤裸々に描き出した映画でもあり、現実だと。
サンパウロは平和らしいですが、リオデジャネイロはいまだに犯罪発生率が高く、一人で歩くのは危険だともいわれました。
話がそれましたが・・・
地球市民の話ですが、アレをブラジルに例えるのはどうかと私は思いますね。
個人的にはブラジルは大好きです。ブラジル人のパーティーに参加すると、いつもComo Vai?と、たずねられます。
つまり、どんな人種だろうとブラジル人になれる、こういうことはすばらしいことだと思いますよ。
しかし、彼らは彼らで「ブラジル人」としての誇りを持ってますし、祖国ブラジルをとっても愛してるのです。
自らを「地球市民」などと呼ぶブラジリアンには会ったことありません。
人それぞれ自分のルーツというものを持って生まれてきています。大まかに言うと、人種、それから生まれた国、生まれた町、どこの病院、と、だんだん細かくなっていくと思うのですが、国というのはその共通のルーツを持った人の集合体ということになると思います。
それはつまり、自分の人格、アイデンティティーを持つにいたるまでの環境とも言い換えられます。
ブラジル人はブラジル人で、その多民族国家というルーツをアイデンティティーの一つとして、自らの国を愛しているわけですよ。
バックグラウンドは人によって違いますし、考え方、国民性の違いはいかんともしがたいことがあるので、全部まぜこぜでは必ず破綻が来ますし、その問題を解決するには国民性の違いとか、宗教の価値観の違いを理解するのが重要になって来るでしょう。
差別は反対ですが、区別することは大事です。
私は今日本にいませんが、日本人としてのアイデンティティ、文化を誇りに思っていますよ。
そして、世界中のいろいろな国に独自の文化があり、みんなそれをよりどころとして自らのアイデンティティーを確立しているわけです。
中国だってそうです。
私の住んでるところは、いろんな国からいろんな人が来ていますが、「俺は地球市民だ」なんて言ってる人は会ったことがありません。
要するに大事なのは、お互いの違うバックグラウンドをどれだけ理解し、尊重するがことでしょう。
長々と失礼しました。
そして、人種が違うことが悪いことでもありません。
大事なのは以下にその違いバックグラウンドを理解し尊重することだと思います。
話はちょっと長くなりますが、私の体験を一つ。
私は今海外で、ブラジルに住んでいるわけではありませんがブラジリアンコミュニティーとは非常に仲良くさせてもらっています。
こっちで一番仲のいいのがブラジルの黒人家族なのですが、彼女いわくブラジルにも差別はあるそうです。
そしてやっぱり黒人が差別されているみたいです。
それとブラジルでも日本人、韓国人などはやっぱり同じ日本人、韓国人同士で結婚する例が多いそうです。
なので、完全に混ざり合ってるかというとまたそういうわけでもないみたいですよ。
確かにブラジリアンは陽気で、情が深く、非常によくしてもらっています。
個人的には大好きです。
しかし、犯罪率も高く、その手口も残虐ですよ。
ブラジルの映画Chity of Godというのがありますが、そのブラジルの友達が言うにはアレは正にブラジルの問題点を赤裸々に描き出した映画でもあり、現実だと。
サンパウロは平和らしいですが、リオデジャネイロはいまだに犯罪発生率が高く、一人で歩くのは危険だともいわれました。
話がそれましたが・・・
地球市民の話ですが、アレをブラジルに例えるのはどうかと私は思いますね。
個人的にはブラジルは大好きです。ブラジル人のパーティーに参加すると、いつもComo Vai?と、たずねられます。
つまり、どんな人種だろうとブラジル人になれる、こういうことはすばらしいことだと思いますよ。
しかし、彼らは彼らで「ブラジル人」としての誇りを持ってますし、祖国ブラジルをとっても愛してるのです。
自らを「地球市民」などと呼ぶブラジリアンには会ったことありません。
人それぞれ自分のルーツというものを持って生まれてきています。大まかに言うと、人種、それから生まれた国、生まれた町、どこの病院、と、だんだん細かくなっていくと思うのですが、国というのはその共通のルーツを持った人の集合体ということになると思います。
それはつまり、自分の人格、アイデンティティーを持つにいたるまでの環境とも言い換えられます。
ブラジル人はブラジル人で、その多民族国家というルーツをアイデンティティーの一つとして、自らの国を愛しているわけですよ。
バックグラウンドは人によって違いますし、考え方、国民性の違いはいかんともしがたいことがあるので、全部まぜこぜでは必ず破綻が来ますし、その問題を解決するには国民性の違いとか、宗教の価値観の違いを理解するのが重要になって来るでしょう。
差別は反対ですが、区別することは大事です。
私は今日本にいませんが、日本人としてのアイデンティティ、文化を誇りに思っていますよ。
そして、世界中のいろいろな国に独自の文化があり、みんなそれをよりどころとして自らのアイデンティティーを確立しているわけです。
中国だってそうです。
私の住んでるところは、いろんな国からいろんな人が来ていますが、「俺は地球市民だ」なんて言ってる人は会ったことがありません。
要するに大事なのは、お互いの違うバックグラウンドをどれだけ理解し、尊重するがことでしょう。
長々と失礼しました。
これは メッセージ 46605 (nagoyabenmarudasi さん)への返信です.
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