靖国の知識の一つとして
投稿者: soutennsyoubu1010 投稿日時: 2005/06/09 11:57 投稿番号: [46012 / 95793]
チョウニチ新聞の対局にある産経から、もう一つご紹介。
産経新聞「正論」 平成17年6月9日付より
『靖国分祀が無理なこれだけの理由』
〈またぞろ顔出した“愚論”〉
6月3日、都内で開かれた講演会において、中曽根康弘元首相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝について、「A級戦犯に時間がかかるなら、参拝をやめるという決断も一つの解決法だろう」と述べ、さらに「分祀に時間がかかるなら、参拝をやめるという決断も一つの立派な決断だ」とも付け加えた。
その2日前には、河野洋平衆議院議長が議長公邸で森善朗前首相ら首相経験者5人と懇談し、参拝は「慎重のうえにも慎重に」との認識で一致したと報じられており、中曽根氏の発言はこれを受けてのことであろう。
「A級分祀」については、5月29日にま中川秀直衆議院自民党国対委員長と与謝野馨自民党政調会長が言及しており、過去に何度となく浮かんでは消え、消えては浮かんだ愚論が顔を現したというわけである。
私自身、これまでこの問題について繰り返し繰り返し、書いたりしゃべったりしてきたので、自分の無職さをいまさらながら恥つつも、正直言っていささかうんざりした気分なのだが、事態がこうなった以上、煩瑣をいとわず、あえて持論を重ねることにしたい。
それもわかりやすく個条書き風に…。
A「分祀」とは「分霊」のことで、ある神社のご祭神の御霊を分けていただいて、別の神社に鎮め祀ることである。
「分霊」されたからといって元の神社の御霊(本霊)がなくなってしまうわけでは決してない。
それはろうそくの灯を別のろうそくに移したところで、元の灯は消えることなく、そのまま燃え続けていることに喩えられ、一旦お祀りしたご祭神を外すことなど端からできない相談である。
〈追悼式でも“戦犯”を慰霊〉
B“A級戦犯”の合祀は靖国神社の恣意によってなされたのではない。
そもそも占領終結後の靖国神社の祭神合祀は、靖国神社の照会に応じて、その都度厚生省(現厚労省)が、合祀予定者の選考基準を決定し、その基準に従って都道府県が合祀予定者を選考し、祭神名票というカードに該当者の身上を記載して厚生省に送付、厚生省はそれをまとめて靖国神社に送り、靖国神社はそれに基づいて合祀する−という官民一体の共同作業によって行われた。
すなわち、昭和41年2月8日付「靖国神社未合祀戦争裁判関係死没者に関する祭神名票について」(引揚援護局調査係長通知)によって送られてきた祭神名票に基づいて合祀されたのである。
「靖国神社が自発的に分祀を」という中川発言は天に唾するようなものではないか。
C毎年8月15日に日本武道館で行われる「全国戦没者追悼式」では当初からA級・BC級を問わず、“戦犯”も追悼の対象とされてきた。
これに歴代の首相が参列し追悼の詞を述べてきたが、何ら問題とされていない。
なぜ靖国神社参拝だけが問題とされるのか。
所管責任者で厚相として参列したことのある靖国参拝反対論の菅直人民主党議員にも、坂口力公明党議員にも問うてみたい。
D仮に「分祀」が可能であるとして、A級を分祀したとしても解決には至らない。
次はBC級を分祀せよとの要求が出てくるのは間違いない。
なぜなら「人民日報」(昭和60年8月15日付)や中国官営の英字紙「チャイナ・デーリー」(平成11年11月12日付)は靖国神社に合祀されているすべての“戦犯”を問題にしているからである。
〈講話条約にも抵触せず〉
E政府・自民党の中にはA級合祀は「極東国際軍事裁判」を受諾した対日講話条約第11条に抵触するかのような言説を述べる者がいるが、西村熊雄外務省条約局長(当時)の国会答弁でも明らかなように、本条の趣旨は条約発効後判決の効力を維持し、赦免や減刑・仮出獄などについては連合国の同意を得て行わなければならない、ということに過ぎない。
したがって、昭和33年5月末日をもって、ずべての“戦犯”が釈放された時点で本条の使命は終わっており、刑の執行とは関係のないところで“戦犯”をどのように処遇するかは主権回復後の日本人の自由意志に委ねられる純然たる国内問題なのだ。
この他にもまだまだ反駁する材料はあるが、紙数の関係からこの程度にとどめておくとしても、「分祀」論がいかに誤った事実認識に基づく不見識な代物であることはこれだけでもおわかりであろう。
こんな妄論に惑わされることなく、小泉首相は毅然として参拝を続けて欲しいとあらためて望む次第である。
国学院大学教授 大原康男
産経新聞「正論」 平成17年6月9日付より
『靖国分祀が無理なこれだけの理由』
〈またぞろ顔出した“愚論”〉
6月3日、都内で開かれた講演会において、中曽根康弘元首相は小泉純一郎首相の靖国神社参拝について、「A級戦犯に時間がかかるなら、参拝をやめるという決断も一つの解決法だろう」と述べ、さらに「分祀に時間がかかるなら、参拝をやめるという決断も一つの立派な決断だ」とも付け加えた。
その2日前には、河野洋平衆議院議長が議長公邸で森善朗前首相ら首相経験者5人と懇談し、参拝は「慎重のうえにも慎重に」との認識で一致したと報じられており、中曽根氏の発言はこれを受けてのことであろう。
「A級分祀」については、5月29日にま中川秀直衆議院自民党国対委員長と与謝野馨自民党政調会長が言及しており、過去に何度となく浮かんでは消え、消えては浮かんだ愚論が顔を現したというわけである。
私自身、これまでこの問題について繰り返し繰り返し、書いたりしゃべったりしてきたので、自分の無職さをいまさらながら恥つつも、正直言っていささかうんざりした気分なのだが、事態がこうなった以上、煩瑣をいとわず、あえて持論を重ねることにしたい。
それもわかりやすく個条書き風に…。
A「分祀」とは「分霊」のことで、ある神社のご祭神の御霊を分けていただいて、別の神社に鎮め祀ることである。
「分霊」されたからといって元の神社の御霊(本霊)がなくなってしまうわけでは決してない。
それはろうそくの灯を別のろうそくに移したところで、元の灯は消えることなく、そのまま燃え続けていることに喩えられ、一旦お祀りしたご祭神を外すことなど端からできない相談である。
〈追悼式でも“戦犯”を慰霊〉
B“A級戦犯”の合祀は靖国神社の恣意によってなされたのではない。
そもそも占領終結後の靖国神社の祭神合祀は、靖国神社の照会に応じて、その都度厚生省(現厚労省)が、合祀予定者の選考基準を決定し、その基準に従って都道府県が合祀予定者を選考し、祭神名票というカードに該当者の身上を記載して厚生省に送付、厚生省はそれをまとめて靖国神社に送り、靖国神社はそれに基づいて合祀する−という官民一体の共同作業によって行われた。
すなわち、昭和41年2月8日付「靖国神社未合祀戦争裁判関係死没者に関する祭神名票について」(引揚援護局調査係長通知)によって送られてきた祭神名票に基づいて合祀されたのである。
「靖国神社が自発的に分祀を」という中川発言は天に唾するようなものではないか。
C毎年8月15日に日本武道館で行われる「全国戦没者追悼式」では当初からA級・BC級を問わず、“戦犯”も追悼の対象とされてきた。
これに歴代の首相が参列し追悼の詞を述べてきたが、何ら問題とされていない。
なぜ靖国神社参拝だけが問題とされるのか。
所管責任者で厚相として参列したことのある靖国参拝反対論の菅直人民主党議員にも、坂口力公明党議員にも問うてみたい。
D仮に「分祀」が可能であるとして、A級を分祀したとしても解決には至らない。
次はBC級を分祀せよとの要求が出てくるのは間違いない。
なぜなら「人民日報」(昭和60年8月15日付)や中国官営の英字紙「チャイナ・デーリー」(平成11年11月12日付)は靖国神社に合祀されているすべての“戦犯”を問題にしているからである。
〈講話条約にも抵触せず〉
E政府・自民党の中にはA級合祀は「極東国際軍事裁判」を受諾した対日講話条約第11条に抵触するかのような言説を述べる者がいるが、西村熊雄外務省条約局長(当時)の国会答弁でも明らかなように、本条の趣旨は条約発効後判決の効力を維持し、赦免や減刑・仮出獄などについては連合国の同意を得て行わなければならない、ということに過ぎない。
したがって、昭和33年5月末日をもって、ずべての“戦犯”が釈放された時点で本条の使命は終わっており、刑の執行とは関係のないところで“戦犯”をどのように処遇するかは主権回復後の日本人の自由意志に委ねられる純然たる国内問題なのだ。
この他にもまだまだ反駁する材料はあるが、紙数の関係からこの程度にとどめておくとしても、「分祀」論がいかに誤った事実認識に基づく不見識な代物であることはこれだけでもおわかりであろう。
こんな妄論に惑わされることなく、小泉首相は毅然として参拝を続けて欲しいとあらためて望む次第である。
国学院大学教授 大原康男
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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