三国人モドキの終戦直後の横暴
投稿者: kubotakaaki2006 投稿日時: 2005/06/05 18:30 投稿番号: [44780 / 95793]
本来三国人は戦勝国では無いのですが、全く戦勝に貢献していない、日本人としては負けた事実が無い連中がインチキを多く行ったので三国人モドキってインチキを日本人は物凄く嫌いに成り蔑視したのです。
日本人の共通認識は日本はアメリカに負けたのであってそれ以外に負けた感覚はありませんでした。
私の家の近所に進駐していた英連邦軍はそれを理解していて、交通の便宜って公共事業に大きな橋を作ったのですが地元民はアメリカ橋と呼んでいました。英連邦軍はなんら文句は言っていません。
チャーチルは太平洋戦争を余計な戦争と言っていました。
大英帝国東洋派遣軍最高司令官のマウントバッテン卿は東京裁判なんてインチキに憤慨して帰りました。
日米戦争の最大原因のハルノートはソ連のスパイに唆されたハル長官の主席スタッフのホワイトが書いた作品で、当時の米国議会共和党議員の知らない対日要求でした。
ニクソンは副大統領時代に占領憲法制定を正式に国会で謝罪しています。
ルーズベルトのヤルタ協定は、ルーズベルトの私文としてアメリカではアメリカの国家文章としては否定されています。
これは メッセージ 44773 (yhac0524 さん)への返信です.
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