東京裁判の違法性・法律家は認めない
投稿者: npo23122000 投稿日時: 2005/05/28 01:18 投稿番号: [41360 / 95793]
■当事者たちも告白している東京裁判の違法性
東京裁判の過ちを認めたのは、レーリング判事だけではありません。
レーリングから「とうてい役不足」と酷評されたウエッブ裁判長も、東京裁判の
主席検事で米国の代表者、キーナン検事も、後に東京裁判は国際法に準拠しない
違法裁判であることを認める発言を行っており、現在、東京裁判の正当性を
信じている法律家は皆無といっていいほどです。
東京裁判を画策した張本人のマッカーサー元帥さえ、昭和25年10月15日、
ウエーキー島でトルーマン大統領と会見した際、東京裁判は誤りだったとの趣旨の
告白をおこなったばかりか、翌年5月3日に開かれたアメリカ上院の軍事外交
合同委員会の聴聞会においても「日本が第二次世界大戦に突入していった理由の
大半は、安全保障だった」と明言しています。
GHQでマッカーサーの側近であったホイットニー少将の回想録にも、マッカーサーの
次のような発言が出てきます。「敗戦国の政治指導者を犯罪人としたことは
忌まわしい出来事だった」と。
マッカーサーは当初、「真珠湾に対する”騙まし討ち”だけを裁く裁判を
望んでいたのだが、ドイツでニュルンベルグ裁判がはじまってしまったので、
日本に対してもやむなく同様の裁判を行われなければならなくなった」と
苦しい心の内を語っていたようです。
裁判終了後、ホイットニーがオランダにレーリングを訪ねています。このとき
交じ合わされた会話も当時のGHQ幹部たちの複雑な心境を伝えています。
ホイットニー「東京裁判は人類の歴史の中で、最も偽善的なものだった。
あのような裁判が行われた限り、息子が軍人になるのを
禁じざるをえなかった」
レーリング 「なぜか」
ホイットニー「アメリカを日本と同じような状況に追い込まれたら、
日本がそうしたように戦うに違いない」
国際法の常識では、占領軍は占領地の国内法を尊重しなけらばならないと
なっています。この基本的な決め事すら無視して、東京裁判は行われたのですから、
東京裁判に関わった当事者たちが非を認めても当然です。
なのに、ひとり日本人のみが、東京裁判から50年以上たった今でも、その正当性を
疑おうともせず、東京裁判史観に呪縛され続けている。これはいったいどうした
ことでしょうか。
当時、欧米など世界の法学者の間では、すでに東京・ニュルンベルグの両軍事裁判
の是非について激しい論争が展開されていました。そして、多くの学者たちが、
東京裁判の正当性に疑問を呈し、裁判に対する反省を口にしていました。
欧米のマスコミもさかんにこのニュースを流し、ロンドン・タイムスは二ヶ月間に
わたって論争を連載、多くの書籍も出版されたほどです。
ところが、被害者であるはずの当の日本は、議論に参加しないばかりか、マスコミも
国民もこの重大な国際問題に無関心でした。
「同胞たちが、牢獄で苦しんでいるというのに、議論にソッポを向き、国際正義を
勝ち取ろうともしないのはどうしたことか」とパール博士は、日本人のふがいなさ、
無関心、勉強不足に痛く失望し、憤慨すらされていたというのです。
裁いた連合国側ですら東京裁判の違法性が議論されたのに、なぜ日本では世論が
盛り上がらなかったのか。後で述べるように、最大の原因は、占領軍による
戦後のプロパガンダが成功していたためです。
そのため、本当に日本に侵略意図があったのか、戦犯に法的根拠があるのかなどの
本質にふれることなく、日本人は東京裁判史観を受け入れていきました。
本来、問題を指摘すべき、当時の日本の有識者や法律家、それを伝えるべき
ジャーナリストは、あえて東京裁判から目をそむけ、歴史の真実を解き明かそうとせず、
アメリカのご機嫌をうかがってばかりいました。
それだけならまだしも、外務省は、英文パンフレットまでつくって、東京裁判に対する
御礼を出していたのですから呆れます。
当時は、アメリカの影響力が大きく、「アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪を
引く」といわれた時代です。独立を果たしたとはいえ、まだ日本はアメリカの庇護が
なければ、経済的にも、国際政治の場でも、力を持ち得ませんでした。
しかし、そんな状況下でも、日本の国益を考えれば、間違いは間違いとして正し、
将来への禍根は断ち切っておくべきでした。ここで道を誤ったために、「長いものには
巻かれろ」「事なかれ主義」という戦後の悪しき習慣が日本国民に浸透していったと
いっても過言ではありません。
戦後
東京裁判の過ちを認めたのは、レーリング判事だけではありません。
レーリングから「とうてい役不足」と酷評されたウエッブ裁判長も、東京裁判の
主席検事で米国の代表者、キーナン検事も、後に東京裁判は国際法に準拠しない
違法裁判であることを認める発言を行っており、現在、東京裁判の正当性を
信じている法律家は皆無といっていいほどです。
東京裁判を画策した張本人のマッカーサー元帥さえ、昭和25年10月15日、
ウエーキー島でトルーマン大統領と会見した際、東京裁判は誤りだったとの趣旨の
告白をおこなったばかりか、翌年5月3日に開かれたアメリカ上院の軍事外交
合同委員会の聴聞会においても「日本が第二次世界大戦に突入していった理由の
大半は、安全保障だった」と明言しています。
GHQでマッカーサーの側近であったホイットニー少将の回想録にも、マッカーサーの
次のような発言が出てきます。「敗戦国の政治指導者を犯罪人としたことは
忌まわしい出来事だった」と。
マッカーサーは当初、「真珠湾に対する”騙まし討ち”だけを裁く裁判を
望んでいたのだが、ドイツでニュルンベルグ裁判がはじまってしまったので、
日本に対してもやむなく同様の裁判を行われなければならなくなった」と
苦しい心の内を語っていたようです。
裁判終了後、ホイットニーがオランダにレーリングを訪ねています。このとき
交じ合わされた会話も当時のGHQ幹部たちの複雑な心境を伝えています。
ホイットニー「東京裁判は人類の歴史の中で、最も偽善的なものだった。
あのような裁判が行われた限り、息子が軍人になるのを
禁じざるをえなかった」
レーリング 「なぜか」
ホイットニー「アメリカを日本と同じような状況に追い込まれたら、
日本がそうしたように戦うに違いない」
国際法の常識では、占領軍は占領地の国内法を尊重しなけらばならないと
なっています。この基本的な決め事すら無視して、東京裁判は行われたのですから、
東京裁判に関わった当事者たちが非を認めても当然です。
なのに、ひとり日本人のみが、東京裁判から50年以上たった今でも、その正当性を
疑おうともせず、東京裁判史観に呪縛され続けている。これはいったいどうした
ことでしょうか。
当時、欧米など世界の法学者の間では、すでに東京・ニュルンベルグの両軍事裁判
の是非について激しい論争が展開されていました。そして、多くの学者たちが、
東京裁判の正当性に疑問を呈し、裁判に対する反省を口にしていました。
欧米のマスコミもさかんにこのニュースを流し、ロンドン・タイムスは二ヶ月間に
わたって論争を連載、多くの書籍も出版されたほどです。
ところが、被害者であるはずの当の日本は、議論に参加しないばかりか、マスコミも
国民もこの重大な国際問題に無関心でした。
「同胞たちが、牢獄で苦しんでいるというのに、議論にソッポを向き、国際正義を
勝ち取ろうともしないのはどうしたことか」とパール博士は、日本人のふがいなさ、
無関心、勉強不足に痛く失望し、憤慨すらされていたというのです。
裁いた連合国側ですら東京裁判の違法性が議論されたのに、なぜ日本では世論が
盛り上がらなかったのか。後で述べるように、最大の原因は、占領軍による
戦後のプロパガンダが成功していたためです。
そのため、本当に日本に侵略意図があったのか、戦犯に法的根拠があるのかなどの
本質にふれることなく、日本人は東京裁判史観を受け入れていきました。
本来、問題を指摘すべき、当時の日本の有識者や法律家、それを伝えるべき
ジャーナリストは、あえて東京裁判から目をそむけ、歴史の真実を解き明かそうとせず、
アメリカのご機嫌をうかがってばかりいました。
それだけならまだしも、外務省は、英文パンフレットまでつくって、東京裁判に対する
御礼を出していたのですから呆れます。
当時は、アメリカの影響力が大きく、「アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪を
引く」といわれた時代です。独立を果たしたとはいえ、まだ日本はアメリカの庇護が
なければ、経済的にも、国際政治の場でも、力を持ち得ませんでした。
しかし、そんな状況下でも、日本の国益を考えれば、間違いは間違いとして正し、
将来への禍根は断ち切っておくべきでした。ここで道を誤ったために、「長いものには
巻かれろ」「事なかれ主義」という戦後の悪しき習慣が日本国民に浸透していったと
いっても過言ではありません。
戦後
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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