日本の百科全書には
投稿者: maizi1024 投稿日時: 2005/05/22 19:19 投稿番号: [38302 / 95793]
琉球王国時代には中国のフーチョウ(福州)へむかう航路の目標となっていた。魚釣島と久場島などでは1884年(明治17)ごろからアホウドリの羽毛や海鳥の糞(ふん)の採取、サンゴ漁やベッコウ、カツオブシ製造がおこなわれ、明治末期には99戸248人の定住者がいたという。95年に日本領が宣言され、翌年、沖縄県八重山郡に編入された。
1968年(昭和43)秋、ECAFE(国連アジア極東経済委員会)が付近の海底の学術調査をおこない、翌年に石油と天然ガス資源が豊富に埋蔵されていることを公表。71年以降、台湾政府と中国が領有権を主張しはじめ、78年には中国の漁船が島の周辺に結集して返還をせまった。同年に日中平和友好条約締結交渉で来日した訒小平は、領有権問題について「次世代に解決をゆだねる」と提言し、問題の棚上げを言明した。
1996年(平成8)には、日本の政治結社による「灯台」の設置をきっかけに、香港と台湾で抗議運動がおこり、メンバーの一部が魚釣島に上陸する事件がおきている。さらに2004年3月には、中国の活動家7人が魚釣島に上陸、不法入国の現行犯で沖縄県警に逮捕され、強制退去処分となった。
三つどもえともいえる争いの中で日本政府は、尖閣諸島は「固有の領土」であり、領有権問題は存在しないと一貫して主張している。
これは メッセージ 38250 (monpa60 さん)への返信です.
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