>元日本軍兵士、懺悔
投稿者: rutti_pie 投稿日時: 2005/05/21 18:17 投稿番号: [37647 / 95793]
>中国を侵略した旧日本軍への従軍経験を持つ元兵士・本多立太郎さん(91)が19日午前、北京の盧溝橋を訪れた。本多さんは、長い歴史の波乱の中で表面が凸凹にすり減ってしまった橋を、ゆっくりと渡った。橋の中央に差し掛かったとき、本多さんは突然ひざまずき、南西の方向に向かって黙って頭を垂れた。これは60年余り前の戦争で犯した罪に対する、本多さんから中国の人々への謝罪だ。(編集SN)
「人民網日本語版」2005年5月20日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「本多さん」がひざまずき黙って頭をたれた・・・・・とあり写真も軽視しているのだが、「中国の人々への謝罪」であるかどうかは、本多さんのコメントがないのでまったく信用できない。盧溝橋事件は日本軍と国民党軍の戦争であり、発端は国民軍からの発砲から戦闘行為となったもので、人々への謝罪など本多さんが感ずるわけがない。戦死した戦友に対して思いを馳せたと考えるのが常識的判断と思料する。独裁政権の機関紙が得意とする「歴史の捏造」の一こまです。
皆さんだまされないでくださいね。
特に日本で暮らす台湾人を除く「漢人の人々」洗脳にご注意あれ!!
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu2.htm
・・・・以上が盧溝橋事件の端緒である。現地軍同士で解決できる程度の小規模な衝突だったが、このあと両国は全面戦争に突入していく。
きっかけとなった最初の支那側からの発砲は、日本軍の軽機の空砲に驚いた支那兵が反射的に発砲し、集合ラッパを攻撃開始と誤り続いて発砲した、と考えるのが妥当なところだろう。当初、現地日本軍は「兵の行方不明」を重大視し部隊出動を決意した。しかし兵が戻っていたことを2時過ぎに知り、その後の支那側との折衝では全然問題にされていない。発砲者の解明を要求したのである。
ところが支那側の歴史では、全く不法発砲にはふれず、日本軍が「兵が行方不明という言いがかり」で事件を起こした、としている。
中共党の謀略
また、第29軍内部に侵入した中国共産党員もしくはシンパが策謀した、という説も根強い。
直後の7月8日付けの延安が打電した、対日即時開戦を呼びかけるアピールがあり、その手回しの良さと内容がゆきとどいていること。
さらに、後年中共軍の兵士に配られた教本の中に、劉少奇が学生に日中両軍に発砲させ両軍を相戦わせた、という記述があったという話。
また、7日夜半に、北平市内から延安に向け反復送信された「成功了…うまくいった」という電文が傍受されていること。
戦後になって手記を書いている、中共党に内通していたり秘密党員だった第29軍の幹部たちの記述内容。
事件後、日本軍と第29軍の中間でしきりに双方を戦わせようと策謀した勢力が中共党の工作員であったこと。
その後の漁夫の利を得た中共党の驚くほどの躍進ぶり。
などから中共党の謀略とされる。
最初の発砲が共産党の仕業でなくても、その後、日支双方を煽って全面戦争に導くようコミンテルンから指令されていたのは事実である。
「人民網日本語版」2005年5月20日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「本多さん」がひざまずき黙って頭をたれた・・・・・とあり写真も軽視しているのだが、「中国の人々への謝罪」であるかどうかは、本多さんのコメントがないのでまったく信用できない。盧溝橋事件は日本軍と国民党軍の戦争であり、発端は国民軍からの発砲から戦闘行為となったもので、人々への謝罪など本多さんが感ずるわけがない。戦死した戦友に対して思いを馳せたと考えるのが常識的判断と思料する。独裁政権の機関紙が得意とする「歴史の捏造」の一こまです。
皆さんだまされないでくださいね。
特に日本で暮らす台湾人を除く「漢人の人々」洗脳にご注意あれ!!
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu2.htm
・・・・以上が盧溝橋事件の端緒である。現地軍同士で解決できる程度の小規模な衝突だったが、このあと両国は全面戦争に突入していく。
きっかけとなった最初の支那側からの発砲は、日本軍の軽機の空砲に驚いた支那兵が反射的に発砲し、集合ラッパを攻撃開始と誤り続いて発砲した、と考えるのが妥当なところだろう。当初、現地日本軍は「兵の行方不明」を重大視し部隊出動を決意した。しかし兵が戻っていたことを2時過ぎに知り、その後の支那側との折衝では全然問題にされていない。発砲者の解明を要求したのである。
ところが支那側の歴史では、全く不法発砲にはふれず、日本軍が「兵が行方不明という言いがかり」で事件を起こした、としている。
中共党の謀略
また、第29軍内部に侵入した中国共産党員もしくはシンパが策謀した、という説も根強い。
直後の7月8日付けの延安が打電した、対日即時開戦を呼びかけるアピールがあり、その手回しの良さと内容がゆきとどいていること。
さらに、後年中共軍の兵士に配られた教本の中に、劉少奇が学生に日中両軍に発砲させ両軍を相戦わせた、という記述があったという話。
また、7日夜半に、北平市内から延安に向け反復送信された「成功了…うまくいった」という電文が傍受されていること。
戦後になって手記を書いている、中共党に内通していたり秘密党員だった第29軍の幹部たちの記述内容。
事件後、日本軍と第29軍の中間でしきりに双方を戦わせようと策謀した勢力が中共党の工作員であったこと。
その後の漁夫の利を得た中共党の驚くほどの躍進ぶり。
などから中共党の謀略とされる。
最初の発砲が共産党の仕業でなくても、その後、日支双方を煽って全面戦争に導くようコミンテルンから指令されていたのは事実である。
これは メッセージ 37616 (chukyo_gensijin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/cf9qa4nhbfffca5ga5b_1/37647.html