>元日本軍兵士、懺悔
投稿者: badend_kirai 投稿日時: 2005/05/21 18:10 投稿番号: [37645 / 95793]
私はさっき、自分らは何もしていないから「反省心」はない。当然だ、と書いた。
けれど、この盧溝橋を訪れて懺悔する人には、敬意をもつ。
この人はきっとあの土地で惨状を目にしたのだろう。軍の命とは言え、口には出せない行いをしたのかもしれない。復員してからも、罪の意識に苦しみ、眠れぬ夜を過ごしたことと想像する。頼まれてとか、義務とかでなく、そうせずにはいられない、純粋な行為だと思う。
しかし、もしもこの人が、自分の子供とか孫を連れて、一緒に謝らせようとしたら、私は、即座にこの人に対して吐き気をもよおすだろう。目の前に写真があったら、ツバをかけるかもしれない。
なぜ、自分の罪を、何の罪もない者になすりつけるのか。卑怯ではないか。そう私は抗議するだろう。
同じ気持ちを、学校教育でも感じる。
どこかの校長は、罪の意識を感じたがゆえに、生徒の修学旅行先を中韓にきめて、そこでみんなして謝罪するそうだ。みんなで頭をさげて「すみませんでした」と異口同音に発するそうだ。大勢ひきつれて謝ることで、少なからずこの校長は心の平安をたもてるのかもしれない。立派な校長といわれ、やがては勲章までもらえる。
それは、あなたが、良心の呵責から土下座するのは一向かまわない。事実罪をおかしたなら、金銭的な賠償も当然するべきだ。
しかし、何故罪もない若者がそんな思いをしなくてはいけないのだ。
我々が、あの土地へ乗り込み、人を殺したのか?
「鬼畜米英」だの「ほしがりません勝つまでは」だとか「月月火水木金金」とか、そんなコピーにおどらされて、舞い上がって、あの世界的な悲劇を起こしたのは、我々なのか?
あなた方の世代同士で、あやまったり、もうよろしいとか、ささ頭をあげてくださいとか、言い合うのは勝手だ。
が、私たちは、なんのかかわりもないのだ。
自分の後始末は自分でつけてくれ。子供や孫にまで、五寸釘を打ち付けるような、真似はやめてくれ。自分のケツくらい自分でぬぐってくれ。汚れたチリ紙は、墓場まで一人でもっていって、後には何ものこさないでくれ。
五寸釘は、我々若者へではなく、あなた自身の棺おけに打ち付けてくれ。
これは メッセージ 37616 (chukyo_gensijin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/cf9qa4nhbfffca5ga5b_1/37645.html