天皇による天皇の為の靖国神社
投稿者: taro4814na 投稿日時: 2005/05/20 21:22 投稿番号: [37237 / 95793]
変人小泉の「こだわり靖国参拝」で中国人、朝鮮人がますます居丈高になり、その分日本人はますます卑屈になっていく。
その「卑屈」をもってすれば、今や「国益たたき売り屋」、「偏屈宰相小泉」の参拝正当化の弁は最早や「退屈」の色ありありで、、、
首相になるまでの彼の行動には、それほど靖国参拝は顔を出さなかった筈だが、何故か、あの本家本元の橋本候補を破ってからの彼の靖国神社の扱いには一種異様な「変節」を感じる。
小泉首相の靖国神社参拝正当化論としてはこんなところらしい。
>「日本人の死生観というものが、彼ら(中国、朝鮮人)には分かっていない」
かの国の指導層が本当に日本人の死生観についてなんにも知識がないと思っているのか?私にはとてもそうは思えない。彼らは知らない振りをしているだけだ。
事柄の本質は誰が考えても内政干渉にあたることだが、全てを計算尽くの上でなければこのように執拗にケチをつけられるものではなかろう。小泉首相の靖国参拝は彼らに格好の対日カードを易々と与えているだけではないのか。
中国、韓国とも内政的には各々大きな問題を抱えていて、国内を引き締めるにはもってこいの外敵が登場してくれたわけで、寧ろこの場合、中国、韓国の指導層にとっては小泉参拝はいつまでも手にしておきたいカードであれば、首相参拝は今後も続けて欲しいところが本音だろう。
我が首相はこうも言う。
>「戦没者に心からの追悼の誠を捧げることがなぜいけないのか、理解できない」
これでは「戦没者」とは単に戦争で亡くなった人というイメージをふりかけ、哀悼の誠を捧げる対象は図らずも戦場にかり出された人達だけ、との範囲を都合良く矮小化して反論しているように受け取られるだけでこれは頂けない。
靖国神社には「A級戦犯も合祀されている施設であることが問題である」としている側からはこの論法は通じそうにもない。 相手に通じないとなると別の方法を講じるのがスマートな人間の考えるワザなのだが、この御仁にはそのスマートさはない。
相変わらずなおも「戦没者一般に哀悼の誠を捧げる事」なのだと頑迷に言い張るのであれば、A級戦犯は分祇されてなければならない筈で、そこに「宗教上の理由で一旦合祀された以上分祀はない」との神社側の大義名分があるなら、その神社側のルールもまた最大限尊重されるべきだろう。神社には神社の事情もある。
が、A級戦犯の分祀が出来ないなら、そこに参拝に行かない選択肢もあろうし、或いは一国の総理の任にある間は参拝は取りやめるべきが大所高所にたった政治判断なのだが、「変人小泉」にその柔軟性はない。
戦争反対を叫んで無惨にも非国民として殺された多くの平和主義者も、日本の国を守るために戦った兵士であったというべきだが、何故か靖国神社には合祀されていない。
さすれば、靖国神社とはその沿革からしても、現人神と規定された天皇のために戦争で命を落とした人だけを祀る「天皇による天皇のための神社」であって、天皇の権威を押しつけるための宗教施設であることは明白だが、ナントその天皇自身は決して靖国神社に参拝しないというのは、天皇の政治利用という問題以前に、天皇家の保身策と言うこと以外無い。
これでは「靖国神社で会おう」と、「天皇陛下万歳」を叫んで逝った夥しい英霊も犬死ではないか。さぞかし無念に違いない。
合掌。
その「卑屈」をもってすれば、今や「国益たたき売り屋」、「偏屈宰相小泉」の参拝正当化の弁は最早や「退屈」の色ありありで、、、
首相になるまでの彼の行動には、それほど靖国参拝は顔を出さなかった筈だが、何故か、あの本家本元の橋本候補を破ってからの彼の靖国神社の扱いには一種異様な「変節」を感じる。
小泉首相の靖国神社参拝正当化論としてはこんなところらしい。
>「日本人の死生観というものが、彼ら(中国、朝鮮人)には分かっていない」
かの国の指導層が本当に日本人の死生観についてなんにも知識がないと思っているのか?私にはとてもそうは思えない。彼らは知らない振りをしているだけだ。
事柄の本質は誰が考えても内政干渉にあたることだが、全てを計算尽くの上でなければこのように執拗にケチをつけられるものではなかろう。小泉首相の靖国参拝は彼らに格好の対日カードを易々と与えているだけではないのか。
中国、韓国とも内政的には各々大きな問題を抱えていて、国内を引き締めるにはもってこいの外敵が登場してくれたわけで、寧ろこの場合、中国、韓国の指導層にとっては小泉参拝はいつまでも手にしておきたいカードであれば、首相参拝は今後も続けて欲しいところが本音だろう。
我が首相はこうも言う。
>「戦没者に心からの追悼の誠を捧げることがなぜいけないのか、理解できない」
これでは「戦没者」とは単に戦争で亡くなった人というイメージをふりかけ、哀悼の誠を捧げる対象は図らずも戦場にかり出された人達だけ、との範囲を都合良く矮小化して反論しているように受け取られるだけでこれは頂けない。
靖国神社には「A級戦犯も合祀されている施設であることが問題である」としている側からはこの論法は通じそうにもない。 相手に通じないとなると別の方法を講じるのがスマートな人間の考えるワザなのだが、この御仁にはそのスマートさはない。
相変わらずなおも「戦没者一般に哀悼の誠を捧げる事」なのだと頑迷に言い張るのであれば、A級戦犯は分祇されてなければならない筈で、そこに「宗教上の理由で一旦合祀された以上分祀はない」との神社側の大義名分があるなら、その神社側のルールもまた最大限尊重されるべきだろう。神社には神社の事情もある。
が、A級戦犯の分祀が出来ないなら、そこに参拝に行かない選択肢もあろうし、或いは一国の総理の任にある間は参拝は取りやめるべきが大所高所にたった政治判断なのだが、「変人小泉」にその柔軟性はない。
戦争反対を叫んで無惨にも非国民として殺された多くの平和主義者も、日本の国を守るために戦った兵士であったというべきだが、何故か靖国神社には合祀されていない。
さすれば、靖国神社とはその沿革からしても、現人神と規定された天皇のために戦争で命を落とした人だけを祀る「天皇による天皇のための神社」であって、天皇の権威を押しつけるための宗教施設であることは明白だが、ナントその天皇自身は決して靖国神社に参拝しないというのは、天皇の政治利用という問題以前に、天皇家の保身策と言うこと以外無い。
これでは「靖国神社で会おう」と、「天皇陛下万歳」を叫んで逝った夥しい英霊も犬死ではないか。さぞかし無念に違いない。
合掌。
これは メッセージ 37128 (ababd117 さん)への返信です.
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