◆忘れるな! 日本の貢献
投稿者: syksysyksy 投稿日時: 2005/05/20 03:13 投稿番号: [36900 / 95793]
◆忘れるな!
日本の貢献
中国人や韓国人の持つ日本のイメージといえば、「南京大虐殺」「七三一部隊」「日帝36年の七奪」に代表される侵略、虐殺、掠奪、搾取と言ったものぱかりだ。もちろん戦後教育を受けた日本人も、近代日本のアジア進出と言えば、同じようイメージを持っている。
だが実際、日本が何をしたかと言うと、その最大の歴史貢献は他ならぬ、東アジア全域における医療衛生の環境改善だった。そもそも台湾、朝鮮、満州、中国など、日本を除くアジア諸地域は、衛生環境は極めて劣悪で、中でも中国は最悪たった。
満州は19世紀末までは中国人の侵入を許さない「封禁の地」だったが、やはり風土病や疫病が流行る「瘴癘の地」だった。その地の衛生環境の改善に最初に着手したのが満鉄だ。満州国の建国後、ここに年間平均百万人以上の中国人が移住してきたのは、その優れた医療衛生環境が桃源郷のように思われたからだ。
史前以来、水旱、飢饅、大疫、そして戦乱が繰り返し発生してきた中国でも、20世紀に入ると日本人は各地に医療施設を作り、支那事変開始以後ですら民間から絶えず医療隊を占領地に派遣している。
日本軍出兵の時、山東だけが全国規模の大疫から免れたのは、日本軍が防疫に熱努力したからである。そのために日本軍の進駐が歓迎されるようになったのは言うまでもない。
日本は東アジアにおいてこれほどの努力を重ねてきたわけだが、このことについて、その恩恵を被ってきた国々は一切語ろうとしない。そればかりか逆に日本の「貢献」を、「侵略」に置き替えるという歴史捏造まで行っている。
中国軍が細菌兵器に手を出したことは、その「毒殺文化」から見て至極当然のことだ。中国史を眺めれば、皇帝、皇太子以下、権力者、政治家の毒殺オンパレードである。支那事変中に中国人は、コレラ菌、炭疽菌、腸チフス菌、パラチフス菌などの細菌の他、砒素、アトロピン、硝酸ストロキニーネなどの毒物を使使用していた。そうしたものを綿に浸して撒布したり、井戸に投げ入れたり、小麦粉や果物に混入させたりと、様々な方法をとっていた。
七三二部隊のBC兵器開発は、参謀本部や政府から理解も予算も得られず、成功していないが、いずれにせよ日本軍は、中国軍の毒物、疫病攻撃から中国民衆を守っていたというのが史実である。
蒋介石の黄河決壊作戦による大洪水で、疫病が蔓延した時も、日本軍は住民のために防疫、治療で駆け回っていたことは何とも象徴的である。
戦後も中国に対する日本の医療協力は続けられ、日本政府の無償援助で建てられた北京の中日友好病院などはそのシンボルだろう。
中国人や韓国人の持つ日本のイメージといえば、「南京大虐殺」「七三一部隊」「日帝36年の七奪」に代表される侵略、虐殺、掠奪、搾取と言ったものぱかりだ。もちろん戦後教育を受けた日本人も、近代日本のアジア進出と言えば、同じようイメージを持っている。
だが実際、日本が何をしたかと言うと、その最大の歴史貢献は他ならぬ、東アジア全域における医療衛生の環境改善だった。そもそも台湾、朝鮮、満州、中国など、日本を除くアジア諸地域は、衛生環境は極めて劣悪で、中でも中国は最悪たった。
満州は19世紀末までは中国人の侵入を許さない「封禁の地」だったが、やはり風土病や疫病が流行る「瘴癘の地」だった。その地の衛生環境の改善に最初に着手したのが満鉄だ。満州国の建国後、ここに年間平均百万人以上の中国人が移住してきたのは、その優れた医療衛生環境が桃源郷のように思われたからだ。
史前以来、水旱、飢饅、大疫、そして戦乱が繰り返し発生してきた中国でも、20世紀に入ると日本人は各地に医療施設を作り、支那事変開始以後ですら民間から絶えず医療隊を占領地に派遣している。
日本軍出兵の時、山東だけが全国規模の大疫から免れたのは、日本軍が防疫に熱努力したからである。そのために日本軍の進駐が歓迎されるようになったのは言うまでもない。
日本は東アジアにおいてこれほどの努力を重ねてきたわけだが、このことについて、その恩恵を被ってきた国々は一切語ろうとしない。そればかりか逆に日本の「貢献」を、「侵略」に置き替えるという歴史捏造まで行っている。
中国軍が細菌兵器に手を出したことは、その「毒殺文化」から見て至極当然のことだ。中国史を眺めれば、皇帝、皇太子以下、権力者、政治家の毒殺オンパレードである。支那事変中に中国人は、コレラ菌、炭疽菌、腸チフス菌、パラチフス菌などの細菌の他、砒素、アトロピン、硝酸ストロキニーネなどの毒物を使使用していた。そうしたものを綿に浸して撒布したり、井戸に投げ入れたり、小麦粉や果物に混入させたりと、様々な方法をとっていた。
七三二部隊のBC兵器開発は、参謀本部や政府から理解も予算も得られず、成功していないが、いずれにせよ日本軍は、中国軍の毒物、疫病攻撃から中国民衆を守っていたというのが史実である。
蒋介石の黄河決壊作戦による大洪水で、疫病が蔓延した時も、日本軍は住民のために防疫、治療で駆け回っていたことは何とも象徴的である。
戦後も中国に対する日本の医療協力は続けられ、日本政府の無償援助で建てられた北京の中日友好病院などはそのシンボルだろう。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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