あのころシナで何をしてたのか
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/17 01:37 投稿番号: [35494 / 95793]
sakurasaita321
さんと同世代です。
父はその伯父が北支でやっていた炭鉱に就職しました。日本のように坑道を掘るのではなく露天掘りだそうです。炭鉱夫はもちろん現地人が多かったのではないでしょうか。賃金は払っていたはずです。つまり植民地支配ではなく日本列島内と同じように資本主義タイプの経営であったと思います。
伯父さんは稼ぎで骨董品を買って日本に送っていたそうです。茶道具(掛け軸や茶碗など)や壷や宝石類です。
日本では洋間をつくって中国の家具を置き足元にトラの顔のついた毛皮を敷くのが流行っていました。
略奪ではありません。明治時代にヨーロッパが日本の浮世や金貨や金細工などを買い占めたのと同じことです。
満州は日本の生命線と言われていました。今ネットでこの言葉を検索すると満鉄の事変ばかりかいてありますが、実際にはエネルギーつまり石炭の採掘が重要だったのではないかと思います。
現在石油や天然ガスなどを求めるのと同じで、ここをなくすと工業も軍備も何もできなくなってしまいます。木炭でも汽車や自動車は走りますが鉄鋼業などが出来ないと発展は望めませんからね。
私も歴史の教科書は大正デモクラシーまでしか習わなかったように思います。その続きは両親にほんの少し聞いた程度です。もう少し広範囲なデータを教科書に載せないと、戦争するために大陸に行ってたと記録されてしまうと思います。
これは メッセージ 35324 (sakurasaita321 さん)への返信です.
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