中国の反日デモ

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masterproton君へ:歴史認識について

投稿者: hemea3 投稿日時: 2005/05/16 14:15 投稿番号: [35186 / 95793]
国際紛争にはそれぞれの国に言い分がありその紛争の種があります。
第二次大戦で日米が争うことになった原因として、「日本の中国へ侵略があったからではないですか?」とされていますが、それは直接的な理由であって、アメリカにも相応の責任があると言えるのではないですか。日本の国家伸張を危惧して、エネルギーの禁輸や様々の妨害を行ったことは明らかでしょう。また、当時は植民地獲得は世界の趨勢であって必ずしも悪とは見なされていません。その中で日清戦争の講和条約(下関条約)で日本が中国の遼東半島の利権を賠償として獲得した際、三国干渉によりそれを手放さざるを得なかった。これは日本国民に欧米に対する不信と大きな怒りを巻き起こしました。要は白人が世界を支配する構図に、黄色人種、しかも小国の日本が対当してきたことに対する反発でありあります。この様な諍いが発展して、日本をエネルギー的、資源的に孤立させる方向へと欧米が協調して動きました。それに対する反動として日華事変へと発展して行った。その様な歴史的経緯であるため、間接的にはよってたかってシカトした米国等にも責任の一端があるわけです。だから、いわゆる戦犯(連合国の論理での戦犯)だけに責任を負わせることに対して日本国民が躊躇し、靖国に詣でているのはそのような背景があるからです。いわば、戦犯と言われる人たちも、日本のことを思って一生懸命欧米に立ち向かった犠牲者と言うわけです。中国、韓国は与し易い国で、相手の弱みを突き続ければ、幾らでも物をせしめられるとの読みでしょうが、これは浅薄な判断です。物事には自ずと限度があり、取れる賠償を取るだけ取ったあとで、また賠償しろと云う国家に尊厳は認められない訳です。詰まり、卑しい国と判断されるだけなのであります。
だから、第二次大戦の戦争責任は一国にのみあるのではなく、それを誘導した国にもそれなりの責任はあろうと云うことになります。
  江戸時代に、喧嘩両成敗とのルールで地方の国の間の紛争を裁いていたのは、紛争のもつ特性(即ち、どちらにも原因がある)を良く見抜いていたからであります。
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