<中国の歴史<−銭
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/16 03:40 投稿番号: [35060 / 95793]
私も詳しくはないけど、貨幣の歴史展示を見たときに、宋・明の銭は文字も見事だし金属(銅が主成分)の質も良いんですね。
その時期、ちょうど日本は内乱が多発していて誰が天下をとるか分からないという状況で、落ち着いて銭の鋳造などできなかったのではないかと思います。それまで国産の銭もないわけではなかったのですが品質が宋銭・明銭は抜群ですので国産を中断して輸入しました。
なお、日本も武力で支配者を決めました。人間も動物ですから強いものが残らないといけません。で、古代に日本は天皇家が世襲で神をまつり国を統治するということに決まりました。
ところが中世に国土開発がすすんで人口も増えると職業軍人とか必要になって、その主導権争いが頻発して数百年は国取り合戦を繰り返しました。日本列島のほぼ全域、蝦夷地はまだでしたが、徳川家康が治めてちゃんと天皇に征夷大将軍と認められて落ち着きました。日本の方法は天皇が名誉を、武士が武力を、商人が財力を持つという分権です。ここが外国と違います。
江戸幕府を開くとすぐに金貨を作っています。大判小判、銀の粒もあります。そうなると中国産より美しくできています。書かれた文字は和風です。鎖国と言いますが、実際には江戸時代も大陸や半島の物が入ってきています。小銭は寛永通宝を明銭と同じサイズで作っていますので輸入をやめて併用していたのではないかと思われます。明銭はそれだけ上質で長持ちしたと思います。
日本は地方分権でしたので、藩札などを普段使うので、明銭が全国統一に寄与するとは一概にいえないと思います。他の要素のほうが大きいし、輸入銭を使う前も方々で鋳造していたわけではなかったみたいです。
これは メッセージ 35004 (kikubari22 さん)への返信です.
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