昔から中国は浅知恵?
投稿者: sky_yamato2143 投稿日時: 2005/05/14 11:10 投稿番号: [34419 / 95793]
「武帝の戦略」
前漢7代皇帝である武帝(在位:前141〜前87)が即位した頃,
漢と北方民族である匈奴(きょうど)族は激しく対立していた.
匈奴は漢の建国以来,つまり高祖・劉邦の時代から度々国境付近に攻め込み,略奪を繰り返してきたのである.
当時それを見かねた高祖も大軍を率いて討伐に出かけるが罠にはめられて包囲され,
ようやく和を乞うて許してもらうという有り様で,それ以来漢は匈奴を恐れ,毎年礼物を贈るという外交を続けざるをえなかった.
武帝は漢が異民族に大きい顔をされるのががまんならず.この数十年続いた服従ともとれる外交を打ち切り,
討伐の好機を虎視眈々とねらっていたが,それは思いがけなくやってきた.
月氏(げっし)という国の存在を耳にしたのである.
月氏は数十年前,匈奴の襲撃を受けて本拠地を追われ,西へ西へ敗走してそこに国を建てた.
そのときに月氏の王は殺されてしまったが,侵略した匈奴王はなんと月氏王の頭蓋骨を杯にして酒を飲んだという知らせが入った.
これは月氏を征服し,ひざまずかせたことを知らしめる行為であろう.
月氏にとってこれほどの屈辱はない.
さぞかし復讐心に燃えているだろうと察した武帝は,その復讐心を駆り立て,対匈奴への同盟を結び,匈奴を挟撃しようと考えた.
その使者に命ぜられたのが張騫だった.
「大月氏の王?に拝謁」
張騫らは,はじめてみる大月氏国の街を歩き,感嘆と感動を覚えた.
大月氏国はこの地(現在のサマルカンド近辺)に移って以来,肥沃な土地をうまく使って移住民ながらも着々と国力を増大し.
近隣諸国を属国とするまでになっていた.
農業や商業も発達した活気ある国であり,このような偏狭の地にかくも栄えた国があったのかというおもいであった.
漢の使者として大月氏王に拝謁がかなった張騫は王宮に赴いた.王の前に拝礼をとった張騫は驚いた.
なんと大月氏王は女王だったのである.
月氏王が匈奴に殺されてからは,幼い子が後を継いだが,すぐに戦で烏孫(うそん)軍に殺された.
そこで王の妻が女王として即位したのであった.
張騫は漢の武帝の使者であることを告げ,
「漢はたびたび北方の領土を匈奴に攻められ略奪されております.
わが漢の皇帝も匈奴の討伐に力を注いでおりますが,そのためには貴国のお力添えが必要なのです.
かの匈奴は貴国の先王の頭蓋骨を杯にしており,いまだ貴国を辱めております.
貴国にしても匈奴は大敵,両国呼応して匈奴にあたれば,容易に打ち勝てましょう.
いまこそ漢と貴国が手を結ぶときでございます.」
と一気に思いを語った.
しかし女王は顔を曇らせただけであった.
「たしかに,わが夫を辱める匈奴を許すことはできませぬ.
しかし,この大月氏国は土地が極めて肥沃であり,他国からの侵略もなく,国は年々豊かになっております.
民はこの暮らしを大変喜んでおります.
いま,この平和な国において戦を望む者はいないのです.」
これは張騫にとって大打撃であった.
【まさか月氏の民が匈奴への恨みを報復する意思がないとは露ほども思わなかったのである.】
女王が無言で席を立った時,漢と大月氏との軍事同盟は失敗におわった.
【平和を愛する女王,国民によって張騫の十余年の苦労は水泡に帰した.】
http://members.at.infoseek.co.jp/syokatutan/profile/chouken.html
前漢7代皇帝である武帝(在位:前141〜前87)が即位した頃,
漢と北方民族である匈奴(きょうど)族は激しく対立していた.
匈奴は漢の建国以来,つまり高祖・劉邦の時代から度々国境付近に攻め込み,略奪を繰り返してきたのである.
当時それを見かねた高祖も大軍を率いて討伐に出かけるが罠にはめられて包囲され,
ようやく和を乞うて許してもらうという有り様で,それ以来漢は匈奴を恐れ,毎年礼物を贈るという外交を続けざるをえなかった.
武帝は漢が異民族に大きい顔をされるのががまんならず.この数十年続いた服従ともとれる外交を打ち切り,
討伐の好機を虎視眈々とねらっていたが,それは思いがけなくやってきた.
月氏(げっし)という国の存在を耳にしたのである.
月氏は数十年前,匈奴の襲撃を受けて本拠地を追われ,西へ西へ敗走してそこに国を建てた.
そのときに月氏の王は殺されてしまったが,侵略した匈奴王はなんと月氏王の頭蓋骨を杯にして酒を飲んだという知らせが入った.
これは月氏を征服し,ひざまずかせたことを知らしめる行為であろう.
月氏にとってこれほどの屈辱はない.
さぞかし復讐心に燃えているだろうと察した武帝は,その復讐心を駆り立て,対匈奴への同盟を結び,匈奴を挟撃しようと考えた.
その使者に命ぜられたのが張騫だった.
「大月氏の王?に拝謁」
張騫らは,はじめてみる大月氏国の街を歩き,感嘆と感動を覚えた.
大月氏国はこの地(現在のサマルカンド近辺)に移って以来,肥沃な土地をうまく使って移住民ながらも着々と国力を増大し.
近隣諸国を属国とするまでになっていた.
農業や商業も発達した活気ある国であり,このような偏狭の地にかくも栄えた国があったのかというおもいであった.
漢の使者として大月氏王に拝謁がかなった張騫は王宮に赴いた.王の前に拝礼をとった張騫は驚いた.
なんと大月氏王は女王だったのである.
月氏王が匈奴に殺されてからは,幼い子が後を継いだが,すぐに戦で烏孫(うそん)軍に殺された.
そこで王の妻が女王として即位したのであった.
張騫は漢の武帝の使者であることを告げ,
「漢はたびたび北方の領土を匈奴に攻められ略奪されております.
わが漢の皇帝も匈奴の討伐に力を注いでおりますが,そのためには貴国のお力添えが必要なのです.
かの匈奴は貴国の先王の頭蓋骨を杯にしており,いまだ貴国を辱めております.
貴国にしても匈奴は大敵,両国呼応して匈奴にあたれば,容易に打ち勝てましょう.
いまこそ漢と貴国が手を結ぶときでございます.」
と一気に思いを語った.
しかし女王は顔を曇らせただけであった.
「たしかに,わが夫を辱める匈奴を許すことはできませぬ.
しかし,この大月氏国は土地が極めて肥沃であり,他国からの侵略もなく,国は年々豊かになっております.
民はこの暮らしを大変喜んでおります.
いま,この平和な国において戦を望む者はいないのです.」
これは張騫にとって大打撃であった.
【まさか月氏の民が匈奴への恨みを報復する意思がないとは露ほども思わなかったのである.】
女王が無言で席を立った時,漢と大月氏との軍事同盟は失敗におわった.
【平和を愛する女王,国民によって張騫の十余年の苦労は水泡に帰した.】
http://members.at.infoseek.co.jp/syokatutan/profile/chouken.html
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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