靖国
投稿者: ritzeeeeee8 投稿日時: 2005/05/06 02:14 投稿番号: [30099 / 95793]
戦争は人類にとっての汚点です。
そして、味方にさえ特攻をさせたほどの泥沼の戦争であった以上、どれだけ弁解しようとも、日本もまた理不尽なことをしてきたはずです。その上で当時の日本や世界の状況について触れてみることにします。
当時のアジアでは日本とタイ以外のすべての国々は、欧米列強の植民地として、支配されていました。そして、植民地になるということは、その国ごと奴隷のように扱われ、婦女子は辱めを受けてもおかしくないというのが、当時の認識でした。それくらいに当時の日本にとっては、欧米列強は脅威であり、危機迫る深刻な事態でした。
そこで日本は自国を守るためにも、アジアの国々を独立させて、欧米列強と対抗しうる、アジアの一大勢力を作ることが急務でした。そこでまずは欧米列強の植民地支配から、アジア諸国を解放することに取りかかったのです。
また、そうした理由からもこれまで搾取することだけが目的だった、欧米の植民地政策とは異なる政策を、日本はアジアに対して行ったのです。つまり、アジアの国々を解放した後に、さらにそれぞれの国の自立を促すということです。しかし、それはごく自然な発想として理解できるでしょう。
日本はアジアの国々に学校を作り、教育に力を注ぎ、産業を興し、鉄道を走らせて、近代的な町作りに取りかかりました。しかし、そうした中でいつしか、自分たちこそが欧米と渡り合えるアジアの盟主だという慢心が日本の中に起こり、欧米人と同じように、アジアの国々を見下したとしても、これもまたおかしくないでしょう。
そうした状況の下、アジア諸国の中で唯一自分たちに逆らい、それどころかアジアの国々を、次々と独立させようとするこの日本を叩き潰そうと、欧米列強は次々と仕掛けてきました。
その結果、日本はアジア諸国を独立させるどころか、自国が存亡の危機に立たされてしまい、「貧すれば貪する」のことわざ通り、当初の理想や志も影を潜めてしまい、いつの間にか欧米列強と同じような立場で、アジア諸国を支配するようになってしまいました。
そして、日本は戦争に負けました。
そこで次に欧米列強のとった戦略は、植民地政策によって、本来ならば自分たちに向けられるべきアジア諸国の恨みの感情を、すべての諸悪の根元は日本にあるのだというシナリオを作ることで、その反発をかわしました。
ちょうど志を一つにして事業を興した仲間が、その事業が失敗して破産してしまうと、今度はその責任のすべてを発起人に課するのに似ています。お前たちアジア人は日本に利用され、騙されたのだというシナリオです。
またそれと同じことを日本国民に対しても行いました。
つまり、お前たちは日本の軍部に利用され、騙されたのだというシナリオです。
そして、「我々こそが日本軍から、お前たちを救ってあげたのだ」というシナリオです。
そして、大戦の大元の原因であり、肝心要の欧米列強の植民地支配を隠して、そのシナリオを歴史に認知させるために行ったのが、東京裁判でした。
ちょうど昔のハリウッド映画の西部劇と一緒です。
白人が彼らの領域を侵して、何百万ものインディアン(ネイティブ・アメリカン)を殺戮したにも関わらず、彼らを悪役に仕立て上げて、インディアンを未開で野蛮な種族と位置づけているやり方です。
こうした東京裁判によって認定されたシナリオが、今日のアジア諸国の日本に対する反日感情をさらに強め、日本人自身の自虐的といわれる歴史観を生んだのです。
また、戦後のアジア諸国の中には、ちょうど今の北朝鮮が行っている政策のように、共産主義思想の浸透や、自国の政治に対する国民の批判をかわすためにも、そのシナリオに便乗して、日本を悪者に仕立てることが好都合だった国もありました。
だから、このようないきさつや、日本といつ頃に関わったかによって、アジア諸国の中でも、極端に親日派と反日派の国とに分かれるという現象が起こるのです。
そして、いつしか私たち自身もまた、東京裁判によって作られたこのシナリオを、鵜呑みにするようになってしまいました。
マッカーサーといった東京裁判に関係したトップが、後にその誤りを告白したにも関わらずです。
そして、このようにして例外なく、歴史は勝った側の都合で、塗り替えられていくのです。
そして、味方にさえ特攻をさせたほどの泥沼の戦争であった以上、どれだけ弁解しようとも、日本もまた理不尽なことをしてきたはずです。その上で当時の日本や世界の状況について触れてみることにします。
当時のアジアでは日本とタイ以外のすべての国々は、欧米列強の植民地として、支配されていました。そして、植民地になるということは、その国ごと奴隷のように扱われ、婦女子は辱めを受けてもおかしくないというのが、当時の認識でした。それくらいに当時の日本にとっては、欧米列強は脅威であり、危機迫る深刻な事態でした。
そこで日本は自国を守るためにも、アジアの国々を独立させて、欧米列強と対抗しうる、アジアの一大勢力を作ることが急務でした。そこでまずは欧米列強の植民地支配から、アジア諸国を解放することに取りかかったのです。
また、そうした理由からもこれまで搾取することだけが目的だった、欧米の植民地政策とは異なる政策を、日本はアジアに対して行ったのです。つまり、アジアの国々を解放した後に、さらにそれぞれの国の自立を促すということです。しかし、それはごく自然な発想として理解できるでしょう。
日本はアジアの国々に学校を作り、教育に力を注ぎ、産業を興し、鉄道を走らせて、近代的な町作りに取りかかりました。しかし、そうした中でいつしか、自分たちこそが欧米と渡り合えるアジアの盟主だという慢心が日本の中に起こり、欧米人と同じように、アジアの国々を見下したとしても、これもまたおかしくないでしょう。
そうした状況の下、アジア諸国の中で唯一自分たちに逆らい、それどころかアジアの国々を、次々と独立させようとするこの日本を叩き潰そうと、欧米列強は次々と仕掛けてきました。
その結果、日本はアジア諸国を独立させるどころか、自国が存亡の危機に立たされてしまい、「貧すれば貪する」のことわざ通り、当初の理想や志も影を潜めてしまい、いつの間にか欧米列強と同じような立場で、アジア諸国を支配するようになってしまいました。
そして、日本は戦争に負けました。
そこで次に欧米列強のとった戦略は、植民地政策によって、本来ならば自分たちに向けられるべきアジア諸国の恨みの感情を、すべての諸悪の根元は日本にあるのだというシナリオを作ることで、その反発をかわしました。
ちょうど志を一つにして事業を興した仲間が、その事業が失敗して破産してしまうと、今度はその責任のすべてを発起人に課するのに似ています。お前たちアジア人は日本に利用され、騙されたのだというシナリオです。
またそれと同じことを日本国民に対しても行いました。
つまり、お前たちは日本の軍部に利用され、騙されたのだというシナリオです。
そして、「我々こそが日本軍から、お前たちを救ってあげたのだ」というシナリオです。
そして、大戦の大元の原因であり、肝心要の欧米列強の植民地支配を隠して、そのシナリオを歴史に認知させるために行ったのが、東京裁判でした。
ちょうど昔のハリウッド映画の西部劇と一緒です。
白人が彼らの領域を侵して、何百万ものインディアン(ネイティブ・アメリカン)を殺戮したにも関わらず、彼らを悪役に仕立て上げて、インディアンを未開で野蛮な種族と位置づけているやり方です。
こうした東京裁判によって認定されたシナリオが、今日のアジア諸国の日本に対する反日感情をさらに強め、日本人自身の自虐的といわれる歴史観を生んだのです。
また、戦後のアジア諸国の中には、ちょうど今の北朝鮮が行っている政策のように、共産主義思想の浸透や、自国の政治に対する国民の批判をかわすためにも、そのシナリオに便乗して、日本を悪者に仕立てることが好都合だった国もありました。
だから、このようないきさつや、日本といつ頃に関わったかによって、アジア諸国の中でも、極端に親日派と反日派の国とに分かれるという現象が起こるのです。
そして、いつしか私たち自身もまた、東京裁判によって作られたこのシナリオを、鵜呑みにするようになってしまいました。
マッカーサーといった東京裁判に関係したトップが、後にその誤りを告白したにも関わらずです。
そして、このようにして例外なく、歴史は勝った側の都合で、塗り替えられていくのです。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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