二宮尊徳翁夜話 「復讐について」
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/03 21:57 投稿番号: [28862 / 95793]
両国橋辺りで敵討ちがあったとき、勇士だ孝子だと人々は褒めた。
翁は言われた。復讐を尊ぶのはいまだ道理を極めてはいない。
徳川家康公も敵国にお生まれになったので父祖の仇を打つことばかり願っていたのを酉誉(ゆうよ)上人の説法には、復讐の志は小さい考えで良いことがなく人道に反するという理論で、国を治め万民を平安にする道が天理(天然自然の正しい道理)で大きい道であるとした。
公ははじめてこの理論に感銘し、復讐の念を捨てて国を平和にして民を救うことに心力を尽された。これによって天下泰平が実現し万民は塗炭の苦しみを免れた。
この道は家康公だけに限られることではない。凡人でも同じ。こちらから敵を討てば向こうからもまたこの恨みを晴らそうとするのに決まっている。そうなると怨念が解けなくなってしまう。互いに復讐復讐とただ恨みを重ねるばかり。
これが即ち仏教でいう輪廻で、永久に修羅道(阿修羅のすむ争いの絶えない世界)におちて人道を踏むことができない。愚かしい、悲しいことだ。またたまには返り討ちにあうものもあり、痛ましいことではないか。これは道としては間違った道だ。
だから復讐は政府に懇願するべきだ。政府はまた草を分けてこの悪人を探し出し刑罰を施すべきだ。
そうすれば自分では「恨に報ふに直を以てす」という論語にある言葉に随って復讐をとめ、家を修め立身出世に努力して親先祖の名を顕わし、世のためになり人を救うという天理を勤めるのがもっとも良い。
これが子としての道、即ち人道だ。
世の風習は人道ではない、修羅道だ。
天保の飢饉に相州大磯駅川崎某という者が乱民に打ち毀された。役所は、乱民を捕えて禁獄し、また川崎某をも3年禁獄した。某は憤怒に堪えず役所や民を恨み、この恨みに報いようと熱意を持った。
わたしは、これに教えて復讐は人道ではないという理論を説き、富者は貧者を救い駅内を安心させるのが天理であるとした。
某は決心できなかった。
鎌倉円覚寺淡海和尚に質(ただ)して悔悟し、決心してはじめて復讐の念を断ち、財産全てを出して駅内を救助した。
駅内俄然ひとつになって某を父母のように敬った。役所もまた厚く某を賞するようになった。
わたしはただ復讐は人道ではなく、世を救い世のためにすることが天理であることを教えただけで、この好結果を得た。もし過って復讐の謀をすれば、どんな修羅場を作ったかはかり知れない。恐ろしいことだ。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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