二宮尊徳翁夜話 「薯蕷鰻鰌」
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/03 21:18 投稿番号: [28816 / 95793]
若者が数名いた。
翁が教えて言われるには、世の中の人を見てみなさい、1銭の柿を買うにも2銭の梨を買うにも、芯のまっすぐな疵のないのを選んで取るではないか。
また茶碗を1つ買うにも、色のよい形のよいものをよって、なでて見、鳴らして音を聞き、選りによって取る。世の人はみんなそうだ。
柿や梨は買っても悪ければ捨てて構わない。それさえもこんな調子。だったら人に選ばれて婿となり嫁となる人、あるいは就職して出世しようと願うものは、自分の身に疵があっては人が取らないのは勿論のこと、その疵が多くて評価されないのを、上に眼がないなどと上を悪く言い人を咎めるのは大いに間違っている。
自分で省みてみなさい、必ず自分の身に疵があるせいだ。人の身の疵とはなにか。
たとえば酒が好きだとか、酒の癖が悪いとか、放蕩だとか、勝負事が好きだとか、惰弱だとか、無芸だとか何か一つ二つの疵があるだろう。
買い手がないのは当然。
これを柿梨に譬えると芯が曲がっていて渋そうに見えるのと同じ。
だから人が買わないのも無理はない。
よく考えてみなさい。
大学に「内に誠あれば必ず外に顕れる」とある。
疵がなくて芯がまっすぐな柿が売れないということはない。
どんなに草が深い中でも薯蕷(やまいも)があれば、人がすぐに見付けて捨てておかない。
また泥の深い水中に潜伏する鰻(うなぎ)鰌(どじょう)も、必ず人が見付けて捕える世の中。
だったら内に誠が有って、外にあらわれない道理がない。
この道理をよく心得、身に疵のないよう心がけなさい。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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