千里長城の中国進出?
投稿者: oldsaltoshima 投稿日時: 2005/05/03 07:30 投稿番号: [28471 / 95793]
明石書店から韓国の歴史教科書の日本語版が出版されている。中学の歴史教科書をみてみた。
その中で納得できないものに千里長城(チヨンリ・チャンジャン)がある。北方の契丹や女真の進入に備え「鴨緑江の河口から都連浦(トリョンポ)に至る千里の長城を築き、契丹や女真の進入に備えた」と書かれているが、私としては初めてみる記述である。トリョンポとは元山(ウォンサン)付近である。だがその構造の解説はおろか、写真もない。何故今まで千里長城の記述を見てないのか?日立平凡社の世界大百科で検索して見た。
1975年版の書籍版では、記述はない。
「高麗史139巻は1451年李朝世宗の命を受け、鄭麟跡等が選進し世家46巻、
志39巻、年表2巻、列伝50巻、目録2巻で、その基礎となった「実録」は現
在全く残っていない」と書かれている。
とすれば、新しい史実が出るはずもないと短絡するのだが、また、日帝時代に史
実が隠されたとも考えにくいのだが、韓国の教科書のこの千里長城の記述、その
根拠となる記述は何だろうか?
今日再度ヤフーで検索していたら何と千里長城が遼東半島からシンョウ(旧奉天?)まで進出しているではないか。
http://www.searchnavi.com/~hp/koguryo/cholli-9.htm遼東地方の高句麗遺跡
さしづめ、歴史の捏造合戦?
中国も話題づくりに協力?
後で作られた史跡をありがたがらないようにきをつけようと。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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