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帝國陸軍を破滅に導いた大本営作戦参謀

投稿者: kijhuytrjh 投稿日時: 2005/05/02 23:51 投稿番号: [28332 / 95793]
辻 政信(つじ まさのぶ、明治35年(1902年)10月11日 - 昭和43年(1968年)7月20日?)は陸軍軍人、政治家。石川県出身。

陸士、陸大卒。エリート参謀将校でありながら自ら弾雨に身を晒したり、陸大卒業後、後輩の指導のため自ら陸軍士官学校の中隊長を志願(陸大卒のエリートはそのようなポストには就かなかった)するなど、衆望を集めた。ただ、これらの美談は辻個人の名誉欲に基づく打算的行動に過ぎないとの評もある。例えば士官学校中隊長志願に関しては、着任の年に三笠宮崇仁親王が入校(第48期)してくることとなっており、その教育係を勤めたいと(軍での先輩後輩の関係は一生の物)自薦したものであった、また陸軍士官学校事件では、士官候補生を自らの手駒(スパイ)として使うなど、その功利的行動に不信を抱く者も存在した。

また、戦場ではたびたび無謀な作戦を強行したり、越権行為を行なった。惨敗した1939年のノモンハン事件の拡大には関東軍参謀として積極的に関与したが、その後も責任を問われることなく、太平洋戦争開戦後は、今度は大本営参謀としてマレー・ビルマ・ガダルカナル島などで作戦指導にあたり、「作戦の神様」と言われた。しかし、彼には何ら見るべき戦果がないばかりか、その関与した殆どの作戦でわが国は歴史的大敗北を喫しており、参謀としては全く無能であったという他ない。マレー半島攻略作戦では、実情を省みず紀元節、天長節、陸軍記念日などの記念日にちょうど拠点を占領する日が来るような計画を立て、シンガポールでは、占領後の華人虐殺、米兵捕虜の人肉食事件などを起こした。また、1942年のポートモレスビー攻略作戦を大本営の決定前に独断で決定したのも、ガダルカナル島の戦いで実情を無視した攻撃を強行したのも、彼であった。拙劣なる作戦を独断専行しておきながら、何らの責めをも負わないという、その無責任極まりない態度には批判が多い。


バンコクで敗戦を迎えたが、戦犯指名を恐れて逃走。帰国後、逃走中の記録「潜行三千里」がベストセラーとなる。それをきっかけに政治家へ転身して衆議院議員、参議院議員を歴任したが、1961年(昭和36年)、紛争を仲裁するとして単独で分け入ったラオス・ジャール平原で行方不明となった。虎に食べられた、もしくは戦犯を逃れた彼をイギリス軍が暗殺した、現地に残留した元日本兵によって殺害されたなどの説もある。
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