中国人エリートのためのコラム(5)
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/02 10:27 投稿番号: [28011 / 95793]
二宮尊徳翁は言われた。
さて、この世の中はぐるぐると巡っていて止まるということがない。寒いときが過ぎると暑いときが来て、暑いのが過ぎると寒くなって、夜が明ければ昼になり、昼になれば夜になり、また万物が生ずれば滅し、滅すれば生ずる。
たとえば金を払えば物が手に入り、物を出せば金が入るのと同じ。
寝てもさめても居ても歩いても昨日は今日になり、今日は明日になる。
田畑も海山もみなその通り。
ここで薪をとって燃やすほどには山林で木が育ち、ここで食べて消費するほどの穀物は田畑で育つ。
野菜も魚も、世の中で消費するだけは田畑河海山林で生育し、生まれた子は時々刻々年がより、築いた堤は時々刻々に崩れ、掘った堀は日々夜々に埋まり、葺いた屋根は日々夜々に腐る。
これがすなわち天理だ。
ところが人道はこれと違っている。
なぜなら、風雨がいつくるかわからないし寒さと暑さがあるこの世界に、羽毛も鱗もなく裸で生まれ出て、家がなければ雨露がしのげず、衣服がなければ寒暑が凌げない。
そんなわけで人道というものを立てて、米を善とし、ハグサ(米に似た雑草)を悪とし、家を造るのを善、壊すのを悪とする。
皆人のために立てた道。よって、人道と言う。
天理からみれば善悪はない。
その証拠には天理に任せておけばみな荒地となって太古の昔に返ってしまう。なぜなら、これが即ち天理自然の道だからだ。
天には善悪がない。だから稲とハグサを区別せず、種であればすべて生育させ、生気のあるものはすべて発生させる。
人道はその天理にしたがってはいるが、その中で区別して稗やハグサを悪とし、米・麦を善とするように、みな人の身に役に立つものを善とし役に立たないものを悪とする。
こうなっては天理と違う。
なぜなら人道は人がつくったものだからだ。
人道はたとえば料理のように、三杯酢のように、歴代の聖主賢臣が料理し味加減して造ったもの。だから、ともすれば破れようとする。
そこで、政治や教育で刑法を定め礼法を整え、やかましくうるさく世話を焼いてようやく人道は維持できるのだ。
それを天理自然の道と思うのは大いなる誤りだ。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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