江○民は肉親を日本軍に殺された<嘘
投稿者: sky_yamato2143 投稿日時: 2005/05/02 09:19 投稿番号: [27990 / 95793]
中国人留学生の告発を見つけました。
1. 江沢民が日本を恨む理由
2003年3月26日、中国中央軍委、中紀委、政法委、中組部、国防部、公安部、人事部、高検などに、
中国第二世界大戦史研究会会員の呂加平研究員から
「江沢民の歴史及び入党時間等の問題を調査すべきだ」
という要望書が届いた。
【ここで最も注目されたことは、江沢民が父のことを隠し続けたことである。
それはなぜだろうか。】
1943年、17歳の江沢民は実に当時、日本政府に協力した汪精衛政権の下の南京大学に通っていた。
江沢民が上海交通大学に移したのはのちのことである。
江沢民の実の父は日本占領下の江蘇で公務員をしていた、『江世俊』という人である。
【江沢民の履歴には、叔父『江上青』だけがいつも載っているが、
それは父が同時の日本政府に協力したからである。】
江沢民は、同時、学生運動に参加し、抗日運動に積極的に参加したと、うそをついているが、実にでたらめである。
【『江世俊』と江沢民の親子が同時戦争時代に日本政府に協力したから、
自分自身の歴史を調査されることを最も怖がり、先頭で反日教育を行ってきた。】
http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/YUMEI_1.html養父の強い影響
『江上青』は中学時代から共産党や共青団の影響を受け、
二八年に十七歳の若さで共青団に参加し、
その後国民党治安当局によって二回逮捕され入獄している。
三〇年には監獄で病気になったために釈放され、
揚州で病気治療に当たりながら中学で教鞭を取っている。
また、 彼は三五年に母范氏の親戚の王者蘭と結婚したが、
自由恋愛でない伝統的な結婚だったという。
彼は蘆溝橋事件後に再び共産党の地下活動に参加し、
国民党軍の中で特別党支部を結成して共産党勢力の拡大に努め、
新四軍の皖東北弁事処の設置で貢献したが、 その過程で
【匪賊軍の襲撃を受け二十八歳で戦没している。】
当時、 『江上青』は娘二人で跡継ぎがいなかったため、
【 父親の『江世俊』が江沢民を『江上青』の養子としたという。】
その後、 王者蘭は上海の銀行に勤めながら三人に良好な高等教育を受けさせている。
http://www.kazankai.org/publishing/toa/2001_05/power/01.html
これは メッセージ 27981 (chillax0001 さん)への返信です.
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